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力みをなくして「自分らしく」生きる ――「日本らしい」あり方とは / 「ズレ」の国・日本 の近代化の光と影を問い直す

  • 2026年5月14日
  • 歴史
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「『力を抜く練習』(幻冬舎、2026)という題名の本を買って読んでみました。今回話題にしたいと思います」

女性

「どういう方が書いておられるのですか?」

「心身統一合氣道会の会長の藤平信一氏が書いておられます。2010年からドジャースの選手・コーチを指導していると肩書に書いてあります」

女性

「合氣道と野球がどのように関係するのですか?」

「合氣道は丹田に力を入れることによって身体を安定させると同時に余分な力を抜く教えだと理解しました。野球で大事なことは上半身の力を抜くことです。その抜き方の教えを伝授しているのだと思います」

女性

「成る程、分かる気がします。私は幼少の頃からテニスをしているのですが、ついつい腕でラケットを振ってしまいます。そういう感じの時は、パフォーマンスも悪いですね」

「そういうことが分かっている人はかなりの腕前だと思います。藤平氏は、本人が力みについて全く気付いていないことが一番厄介だと言っています」

女性

「自分のことが一番分かりにくいですからね」

「その力みも、自覚の「あるもの」と「ないもの」があり、自覚のないものの背景には「体に起因するもの」と「心に起因するもの」の2つがあると言います」

女性

「今のお話は、スポーツに限らず、教育にも当てはまりますね」

「国の政策、政党の政策などにも使えます。何事も重心を下げて、自然体で臨むことが大事です」

女性

「ここからが本論です ↓表紙は「TikTok」提供です」

 「1ミリのズレ」が人生と社会を狂わせる

大谷翔平選手はバッターボックスに立つ時、必ずバットでホームベースと自分との距離を確認してから立ち位置を決めています。立ち位置が練習時と少しでも違えば、ボールの見極めに微妙な狂いが生じます。ほんの1ミリのズレでも、それが積み重なれば大きな狂いとなります。それを熟知しているのだと思います。

藤平氏は、若手指導者育成の講習の時に必ず「1ミリのズレ」の話をするそうです。このズレとは、単なる物理的な意味ではありません。気持ちのズレ、心構えのズレ、対人関係のズレなど、様々な意味を含んでいます。個人の資質や能力とは関係なく、誰にでも起きうることだと言います。

では、そのズレを防ぐには、どうすれば良いでしょうか。物理的なズレであれば、大谷選手のように道具を使えば良いのですが、気持ちや心構え、対人関係のズレに道具は使えません。インスタントな解決方法はありませんが、藤平氏は自然や社会の中に自分を常に置いて、自然から学び、人から学び続けることだと言います。それが人間としてのバランスを保つ秘訣なのでしょう。人間は感情の動物です。その感情が様々なズレを生じさせていると思います。その感情をコントロールする術(すべ)は、自然との対話や人との関わりの中で身に付いていくものだと思われます。

(「日刊スポーツ」)

 「地に足がつかない国家」が生んだ近代日本の「ズレ」

「文明開化」を掲げ、約160年間突き進んできたのが近現代の日本ですその出発点において中央集権国家という“地に足のつかない体制”をまとってしまいました。ここから日本の「ズレ」が生じることになります。中央集権国家にとって重要なものは、中央と地方の間で人・物資・情報・命令が迅速かつ大量に行き交うための「大動脈」です。中国大陸には双方向の行き交いが可能な程の緩やかな流れの長江、黄河の両大河が大平原を貫流していますが、日本にはそれに該当するものがありません。それどころか、日本の河川は短く急流のため人や物資の往来を妨げるような存在でした。

これは国家運営だけではなく、人生にも通じる話です。自分を客観視できなければ、自分に合わない生き方を選んでしまうことがあります。体格に恵まれない人が、相撲取りやプロレスラーを目指しても徒労に終わる可能性が高いでしょう。国も同じです。自国の条件を無視して大国の真似をしても、どこかで大きな「ズレ」が生じ、いずれは「ツケ」が回ってきます。国づくりに際して、地理的な特徴を踏まえなければいけないのに、それが充分に認識されていなかったと思われます。

日本列島は山脈が背骨のように連なり、半島・湖・内海が入り組み、島の数は約1万4千に及びます。国土の約66%が森林、11~14%が農地、宅地、工業用地はわずかに4~5%です。これを概観すると、森林面積が多い「森林大国」であることに気付きます。さらには宅地、工業用地はわずかに4~5%しかありません。それに驚かれる人もいるでしょう。島が多いこと、森林面積が多いことが日本の特徴なので、それを生かした国づくりを考える必要があったのです。当然、野生動物も多く生息します。都市化政策だけを考え、共生のことを殆ど考えずにきたため、クマが各地で出没することになるのです。

話を戻します。日本は自然条件とは真逆の「富国強兵」を掲げ、軍事大国を目指したのです。強力な軍隊を持てば、世界の一等国になれる、日本は豊かな国になれると信じたのでしょう。足許を見つめることを忘れ、上半身に力みが入った瞬間だったのです。そこに、日本近代の大きな「ズレ」があったように思われます

(「農林水産省」)

 歴史とのズレが国家の進路を狂わせる

自分を客観視するためには、身体的特徴だけではなく、「どのように育てられたのか」という成育歴も見る必要があります。そこには、両親や親族といった関係者の気持ちや願いもあったと思うからです。人生は個人のものですが、完全に個人だけのものではありません。勝手に生きられても困るからです。人は、他者との関係の中で生きているからです。

実は、このことは国にも当てはまります。国家もまた、それまでの歴史を踏まえた行動が求められます。特に近隣諸国との関係においては、どのような関係を築いてきたのかということが、極めて重要です。ところが明治の新政権は、それまでの朝鮮、中国との関係を殆ど無視し、「脱亜入欧」というスローガンを掲げて、その模範を欧米に求めます。これは、歌舞伎役者が途中からバレエダンサーを目指すようなものです。日本は自他共に認める、伝統・文化の国ですが、明治維新を境に日本的文化が一切生まれなくなりました。ある意味、当然だったとも言えるでしょう。

腰を抜かすほどに驚いたのが、隣国の朝鮮だったでしょう。それまでの千数百年に及ぶ友好の歴史は一体何だったのかと思ったとしても不思議ではありません。そもそも「鎖国」という言葉自体、明治の薩長の藩閥政府がつくった言葉です。現在では、学術的にも単純な「鎖国史観」は見直されています。実際に、江戸時代はオランダ、中国、朝鮮とは交易をしていましたし、朝鮮からは正式の使節団である通信使が将軍の就任ごとに祝賀のために派遣されていました。1607年から1811年までの間に実に12回の公式訪問があったのです。このように礼を尽くしてきた国に対して、藩閥政府は真逆の対応をしたのです。

西欧列強の植民地戦略に対抗するためという理屈で説明されることがあります――「明治政府が近代化を急ぎ、富国強兵を目指したのは、そうしなければ西洋の列強に国が呑み込まれてしまう危険があったから」(百田尚樹『日本国紀』幻冬舎、2018)。西洋の列強に呑み込まれないようにする一番の方法は、朝鮮、清と同盟を組むことだったのです。地図で日本列島を改めて見ると、複雑な海岸線によって囲まれている国だということが分かります。そしてそれを取り囲むように無数の島が点在しています。防衛するには、都合の良い地形です。しかも、全国に約300藩ありました。ということは、それだけの数の城があったということです。全国には刀を持った武士がいました。当時は戦闘機はありませんので、列強諸国が束になってかかってきても充分に戦うことができたでしょう。それでも不安ならば、朝鮮と同盟を結べば良かったのです。ところが、真逆の対応をすることになります。大きな「ズレ」が生じた瞬間だったのです。

今の政権は明治維新から続いている政権です。そのため、教科書をはじめとして一般書籍でも、維新を肯定的に描くものが多く見られます。中には、大絶賛しているものもあります。しかし、歴史は感情や結論から文章を組み立てるべきではありません。ロジック(論理)とデータに基づいた冷静な検証が必要なのです。

(「HugKum」)

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