
「連休はどこかへ出かけましたか?」

「市川市動植物園まで、子ザルのパンチに会いに行ってきました。テレビのカメラも入ったりして、もの凄く混んでいました」

「お母さんザルが死んでしまったのですか?」

「母ザルが育児放棄をしてしまって、パンチは人工哺育で人間に育てられたのです」

「赤ん坊の時に母親から切り離された動物を育てるのは、大変だと言いますよね」

「群れの中に入り切れないということが起きるみたいですね。だから、パンチの時は意識的に群れに入れさせようとしたみたいです」

「まだ、オランウータンのぬいぐるみを抱いていましたか?」

「引きずって歩く姿がとっても可愛いというか、せつない感じがしました。だけど、ぬいぐるみと過ごす時間は減っているそうです」

「親離れをしないと仲間に入れないですからね。人間社会と同じですね」

「だから最近の子は集団を作れないのでしょうか?」

「親離れをさせるためには、愛情をたっぷりかけないと駄目です。パンチを集団に戻すために飼育員の方がたくさん愛情をかけたと思います」

「親子の人間関係をつくるところが大事なのですね」

「ただ、パンチはそこのところが欠けているので、本当にサル社会の中に入って生活していけるのかどうか興味あるところです」

「人間に最も近いサル(チンパンジー)たちの生活を見る中で、私たちの子育てを検証してみたいと思います。ここからが本論です ↓表紙写真は子ザルのパンチ「福島民報デジタル」提供です」
「母子密着」から始まるサルの子育て
ダーウィンの進化論によると、人間とサルは共通の祖先を持つとされています。確かに、哺乳動物の中で、人間に一番近い存在だと思います。ライオンやトラは4足歩行で移動し、一度に複数の子どもを出産します。サルは人間と同じように器用に手で様々なものを掴むことが出来ますし、出産は基本的に1頭です。また、集団で群れを作って行動しますし、その集団もボス猿を中心に一つの社会が作られます。人間社会との共通性を感じさせます。
サルと言っても様々な種類がありますが、人間に最も近いと言われているチンパンジーの場合を見てみたいと思います。チンパンジーの妊娠期間は約8か月です。新生児体重は1,200~1,500グラムなので、人間だと未熟児と言われるレベルです。出産は概ね座産で行い、へその緒は自分でかみ切り、下腹部に抱きます。子どもは出産直後に産声をあげますので、ここから肺呼吸に移行します。新生児の体毛は背中側しか生えておらず、胸や腹といった内側には生えていません。母子が密着しやすいようになっています。
出産直後の子どもは握力が弱いため、母親が片手で子どもを背中から支えます。「母子密着」の期間がおよそ1か月続きます。これを猛暑の中で行うのは大変なので、サルの出産シーズンは4月から7月頃に集中します。パンチ君が生まれたのが7月26日。サルの出産としては最終の最終といった頃です。そして生憎の猛暑。母親は夏の暑さのため、育児放棄をしてしまったのだろうと言われていますが、もしかしたら、暑さの中で抱き抱えてしまっていたら、子どもの命がなくなることを本能的に察知したのかもしれません。動物の行動には、人間が単純に「愛情不足」や「失敗」と片付けられない、生存に根ざした合理性が潜んでいるようにも思えます。

(「アマナイメージズ」)
「母親から離れる訓練」と群れによる子育て
約1か月の密着状態を過ぎた頃から、母親は少しずつ子どもを自立へ導き始めます。最初の行為は、子どもの足を地面につけることです。子どもの両手を持って地面に足を接触させます。初めての感触なので、驚いた子どもは足を引っ込めます。母親は再度同じことをします。何回か繰り返しているうちに地面が危険ではないことを分かるようになります。この些細な繰り返しを1~2週間かけて丁寧に行うそうです。
地面が平気だと分かった後は手を放すという「儀式」が待っています。生まれて初めて母親との肉体的な接触がなくなることの体験なので、子どもは地面に這いつくばってキーキー悲鳴をあげます。ハイハイをして必死で母親のところに来た子どもを抱き上げ、抱擁した後、また同じような行為を繰り返します。ハイハイが上手になってくると、母親は距離を少しずつ広げます。それを繰り返しているうちに、母親が視界になくても泣かなくなります。その頃になると、周りを見る余裕が出てきて、子どものチンパンジーに興味を持ち始め、時には近づくようになります。この段階に達するまで、約4~5か月かかります。
この段階になると、3~6歳の年長のメスザルグループが巣立ちをし始めた子どもに関与をし始めます。サル社会で自立するためには、まず母親から離れる必要があります。それを年長グループが助けるように、自立支援の行動をするのです。これを「子守行動」と名付けられていますが、グループにとっても自分が母親になった時の子どもの扱いを覚える機会になっています。
グループが面倒を見ている間も、母親の関心は我が子にあります。空腹になって乳を求めて泣くと、すぐに母親は乳を飲ませて、母親の胸の中で眠ります。そこでひとしきり休息した後は、また年長グループの子守行動を受けます。そんなことを何回も繰り返すのです。つまり、サル社会の子育ては「母親だけ」が担うのではなく、「群れ全体」で行われているのです。

(「note」)
異年齢集団が育てる「社会性」と現代教育への示唆
2歳頃になると、昼間の間は殆ど同年齢の子ども、あるいは年長組グループとの交流が主体となります。追いかけっこ、レスリング、岩のぼり、ブランコなどの遊びをします。その遊びの中で体力を付けていきます。外見的には母親から自立していますが、仮にこの時期に母親が事故や病気でいなくなったとします。突然に子どもの活動範囲が狭くなり、場合によっては動かなくなり病気になるサルもいるそうです。子どもの積極的な行動は、母親の存在に大きく影響を受けていることが分かります。
子どもにとって、この期の仲間やグループとの交流が極めて重要なのです。この期にその機会が持てず、単独で育ったチンパンジーは多くの場合、群れ生活になじめず、配偶関係がもてず、さらにメスの場合は出産しても子育てを完全に行うことができないことが知られています。霊長類の研究で有名なロバート・ヤーキスは「一匹で育ったチンパンジーはチンパンジーであってチンパンジーでない」と述べています。
自然から謙虚に学ぶ姿勢が大事です。というか、チンパンジーの子育てが理に適っており、人間社会にも多くの示唆を与えているのではないでしょうか。
現代の子どもたちは、かつてに比べて集団で遊ぶ機会が減っています。さらに、保育園、幼稚園、小学校では、年齢ごとに細かく区分された「縦割り型」の管理教育が強まりつつあります。本来、異年齢集団には、年上が年下を助け、年下が年上に憧れるという自然な教育機能があります。それを用意することによって、お互いが自信を持ったり、自分発見の機会となったりするのですが、そういった機会そのものが縮小されつつあるように思えます。
かつての中学校の部活動は異年齢交流を実際に体験できる場でした。先輩と後輩の関係の中で、技術だけではなく、振る舞いや責任感、人間関係を学ぶことができたのです。しかし、部活動の地域移行が進めば、活動は大人主導の部活動になりがちです。子ども同士の自治的な関係性は弱まっていく可能性があります。
サル社会では、異年齢交流こそが子どもの成長に不可欠なものとして重視されています。それにもかかわらず、人間社会は逆に、そのような関係性を「非効率なもの」として切り縮めようとしています。要するに、自然の流れと逆行しているということです。偏差値や学歴といったものは人為的なものです。そこにだけ関心が行ってしまう今の風潮に危うさを感じます。
「自然にかえれ」とルソーは言いました。人間は自然を超越した存在ではありません。むしろ、自然の中で育まれてきた「類人猿」の一種として、人間形成に本当に必要なものは何かを、改めて見つめ直す時期に来ているのではないでしょうか。
【参考論文】 中川志郎 (上野動物園園長/当時)「チンパンジーの子育てから」(『げんき』1990、NO.11)

(「note」)
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