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森と共同体の「日本文明」――「自然(じねん)観」と地域社会が守ってきた森・水・海の循環 / 「森林大国・日本」と共同体の衰退

女性

「春に旬を迎えるアサリやハマグリなどの貝が獲れなくなっているそうです」

「そんなこともあって、豊洲に入荷するアサリの9割は中国産だそうですよ」

女性

「日本産のアサリは、中国産よりも値段が倍くらいします」

「値段もさることながら、大きさの問題もあるそうです。東京湾で獲れるアサリは親指のツメ程度のものが多いそうです」

女性

「どうしてなんですか? 温暖化の影響でしょうか?」

「何かあると温暖化と結び付けて、それで何か安心といった雰囲気がありますが、私は森林破壊と関係があると思っています」

女性

「中国のアサリは大きいですからね」

「アサリだけではなく、ホタテ、カキ、トリ貝など、すべての貝類がここ近年、日本では不作続きです」

女性

「そう言えば、養殖カキが死滅したなんていうニュースが最近ありましたよね」

「鮭の産卵のための遡上(そじょう)も急減しているようです。すべて関連があると思っています」

女性

「ここからが本論です ↓表紙写真は「nippon.com」提供です」

 自然村と森に支えられた生活

日本の各地には、千年、二千年という長い年月をかけて地域に形成された共同体が存在していました。それを「自然村」という言い方をしますが、幕末期に約7万の自然村があったことが分かっています。人間で言えば、基礎細胞のようなものです。細胞が再生産されている限り、人は生きていくことが出来ます。つまり、共同体が再生産されている限り、日本という国は安泰だったのです。

共同体の重要な役割は、人を育て、森を守り、水を守って海を守ることでした。先人たちは、すべての源は森にあることを知っていました。「鎮守の森」という言葉があります。森には生命を育む神秘的な力が宿っていると思っていたのでしょう。人々はそこに祠(ほこら)を建て、鳥居を建て、神聖な場所として崇拝するようになります。自然宗教(アニミズム)はそのように起きたと思われます。

日本では、定住生活は縄文時代の後期(B.C.2,400~1,200年)から始まったとされています。その時代の代表的な遺跡として、青森県の三内丸山遺跡がありますが、すべて必要なものは森から調達していたようです。木の皮を加工して服を作り、木を伐り出して家を作り、燃料となる薪を調達し、木の実を採取し、タンパク質の元となる動物を捕まえる。森さえ守れば、定住生活を永続的に続けることが出来ると思ったことでしょう。東北には「家一軒、クリ1町」という言葉が残っているそうです。1町は約1haですが、それだけのクリ林があれば1家庭が半永続的に暮らしていけるという意味です。森は生活そのものを支える基盤だったのです。

(「おでかけ~ちょっとした非日常~」)

 「自然(じねん)」という日本の思想

自然という言葉があります。「しぜん」と今では読んでいますが、もともとは「じねん」と読まれていました。近代化とともに西洋の考え方が流入すると同時に、読みも意味も変わってしまったのです。大きな違いは、人間を自然の中に含むのか否かという部分です元々の日本の考え方は、森や川、そこに住む魚や動物も人間も含めて「自然(じねん)」と読んでいたのです。自然を守ることが人を守ることに繋がっていたのです。

余談ですが、我々日本人の中に、木を切ったり、動物を殺したりすることに対して何か後ろめたいものを感じることがあります。クマの駆除に対して、殺すなという意見が出てくるのは、そのためです。

西洋の自然観は、人間を自然の中に包摂しません。自然と人間を対立関係に置いて、自然を改良することを是と考えます。ここが根本的に違います。実は、その違いは民族が経験してきた歴史の違いから来るものです。狩猟民族は生きるために森を切り開き、そこに住む動物を殺してきました。農耕民族は生きるために森を守り、そこに住む動物たちと共生しようと考えてきたのです。近代に入って、その違いを知らずに、西洋の自然観を無批判にそのまま採り入れてしまったのです。

(「自然保護協会」)

 森林大国日本と共同体の衰退

日本は国土の約2/3が森で覆われているという、世界有数の「森林大国」です。森と湖の国と言われているのがフィンランドですが、この国でも森の占有率は約70%です。日本は68.4%なので、そんなに変わりません。ちなみにフィンランドに並ぶ位に高い森林率を誇るのがスウェーデン(68.7%)です。つまり、北欧の森の国と同程度の森林率を誇っているのが日本なのです。そして、日本の森林は多様性に富んでいるのが大きな特徴です。亜熱帯林、暖温帯の森林から冷温帯の森林、さらには亜寒帯の森林まであります。それらの森を地域の共同体が守ってきたのです。

森と山と里と田畑がある里山風景が日本の原風景です。これを保つことによって、自給自足体制を築き、人と自然を守ってきたのです。自然を守るためには、人を組織する必要があります。様々な知恵と知識が必要ですので、その組織は家族を基礎組織としつつも、「年上―年下」という繋がりが主となります。人は社会的動物と言われます。その繋がりの中で様々なことがルール化され、時には助け合いをしながら、共同体として生き残るために力を合わせるようになります。自然村の中身は、そのようにして形成されていったのでしょう。

ところが明治に入った頃から、行政効率のために市町村合併を行い始めます。各地域の共同体が崩壊するきっかけとなります。人間の健康と同じで細胞が1つ2つというように弱体化し、最後は本体に影響を与えるように、徐々に病巣が広がり始めました。共同体が高齢化などによって衰退すれば、森に手が入らなくなり、「沈黙の森」が広がります。木の実が減り、クマが市街地に出没するようになったのも、その一つの現われです。

森が衰えれば、栄養素が川や海に流れなくなり、プランクトンが育たないため、沿岸漁業が衰退します。赤貝やホタテ、カキなどが獲れなくなったのは、そのためでしょう。鮭の回帰率が低下したと言われています。それも森の衰退、地域社会の弱体化と無関係ではないでしょう。

(「FNNプライムオンライン」)

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