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イギリス、アイルランドの紛争の歴史から日本が学ぶこと 

  • 2021年3月19日
  • 歴史
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「今から7年前の新聞記事――「アイルランド大統領、初の訪英」を持ってきました」

女性

「どうして、これを?」

「日本と同じ島国のイギリスが近隣の民と、どのような歴史を繰り広げたのかを学ぶのも、たまには良いのではと思ったのと、実はイギリスの歴史について殆ど分かっていないことを少し自覚してもらおうと思ったからです」

女性

「なるほど、イギリスとアイルランドの間にもいろいろな問題があったようですからね」

「知っていましたか?」

女性

「前から知っていた訳ではなく、「隣国を助ける国は滅びる」という言葉を教えてもらって、それで興味をもってヨーロッパの隣国関係を調べたのです。そんなことで知りました」

「そもそも、イギリスというのは、正式国名ではありませんからね」

女性

「大英帝国ですか?」

「そういうことではありません。正式名称は、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国と言います」

女性

「北アイルランドとアイルランドは違う国なんですよね」

「そうですね、我々は普通にイギリスを最初から1つのまとまった国として理解していますが、そうではなく、イングランドがスコットランドと北アイルランドを併合して現在のイギリスになったというのが正確な見方です」

女性

「先程の記事は、アイルランドの大統領がイギリスを訪問したということは、この間の紛争の区切りとなったということですね」

「今から10年前の2011年にエリザベス女王がアイルランドを訪問しています。それの返礼訪問ですが、お互いの訪問によって中世以来の確執に終止符を打つことが出来たのです」

女性

「かなり長い間の確執だったのですね」

「約800年ですね。国家間の関係修復は時間がかかるということです。変に焦らない、慌てないことが肝心です」

女性

「ここからが本論です ↓」

  アイルランドはイングランドの植民地であった

近くて遠い国。世界中にそういう関係は満ちています。日本は特に戦後になると、何か強迫観念に取り憑かれたように、隣国とは仲良く付き合わなければならないという発想で外交交渉を行いますが、そのような国は世界を見渡しても余りありません。

イギリスは日本と同じような島国で、国土面積も同じ位、王室もある伝統国です。戦前ヨーロッパに於いて、日本と最初に同盟(1902年)を結んだ国ですが、その「国土」をめぐる歴史の概略をまとめたのが下の表です。

12世紀 イングランドがアイルランドを征服
17世紀 ピューリタン革命→革命を主導したクロムウェルによって

アイルランドを植民地とする(プロテスタントの入植進む)

1707年 イングランドがスコットランドを併合して大ブリテン王国となる
1801年 イングランドがアイルランドを併合
1919~21 アイルランド独立戦争
1922年 北アイルランドは英領で、英連邦内の自治領となる

アイルランドは内戦に発展。

1937年 アイルランドが憲法を制定し独立
1949年 アイルランドが共和制を宣言し、英連邦から離脱する
1969~98 北アイルランド紛争。最後に和平合意が成立。
2011年 エリザベス女王がアイルランドを初訪問
2014年 アイルランド、ヒギンズ大統領が初の英国公式訪問

 

アイルランドとイングランドの紛争は、12世紀に端を発し、それから約800年という長きにわたっての争いがありました。ただ、上の年表を見ても分かるように、主戦場がアイルランド内なので、多分アイルランドの国民は常に英国に攻撃を受けてきたという被害者意識みたいなものがあると思われます。

1707年にイングランドがスコットランドを併合して大ブリテン王国となり、さらにその約100年後にアイルランドを併合して「連合王国」がつくられますが、ここからアイルランド側からの激しい抵抗にあいます。併合というのは、その地域や国を自国と同じ扱いとして統治するということです。

ただ、その実態は植民地支配です。イングランドのプロテスタントによる入植、つまり土地支配が進行します。アイルランドのケルト系住民の多くがカトリックだったのですが、プロテスタントとカトリックという宗教対立が根底にあり、アイルランド人は農奴とされるなど苦難の道を歩みます。1840年代半ばに大飢饉(ジャガイモ飢饉/ジャガイモ伝染病によって不作が続く)があり、その後わずか数年で100万人以上の人がアメリカに移民として渡ってしまいます。イギリス本土ではなく、大西洋を渡ってアメリカを目指した動きを見ると、イングランドに対するアイルランド国民の感情が分かるというものです。

これは余談ですが、その子孫からケネディやレーガン、クリントン、オバマといった大統領になる人物が出るのです

 北アイルランドをめぐる動き

アイルランドのイングランドに対する国民感情が、独立運動を呼ぶことになります。英国内においてもアイルランドに自治権を与えるかどうかを巡って対立が起きます。ちょうど第一次世界大戦(1914~18)の頃です。

そして、世界大戦が終わった後、独立運動が高まり、1922年に アイルランド南部が自治領となるのですが、北アイルランドを自国領としたのです。北アイルランドには、多くのイギリス人が住んでいたことと、北アイルランドの人口の約2/3がプロテスタントだったからです。

ただ、それは英国側の勝手な理屈ということで、北アイルランドの中の英国統治に反対する住民にアイルランド共和軍(IRA)が味方につくという構図の中、北アイルランド紛争が勃発します。この紛争の中で約3600人が犠牲となったと言われています。イギリス女王のいとこも殺害されるなど、双方に深い傷跡を残しました。

 他国間の紛争の歴史から何を学ぶのか――互いの謝罪が和解の第一歩

歴史は繰り返すと言われています。言語、習慣、民族は違えども同じ人間ですので、考えたり行動したりすることに於いて大きな違いはありません。その人間が国をつくり隣国とどういう関係を築いていくのかというのは、もしかしたら人類の永遠のテーマなのかもしれません。

2011年と14年の両首脳による相互訪問が実現して、表面的には完全和平の合意がなされました。ただ、アイルランド側からすると、北アイルランドを割譲されたかたちになっていますし、国民がすべて納得している訳ではなく、火種は残っています。人間は感情をもっている以上、それは仕方がないことです。重要なことは、その火種が燃え広がらないようにすることです

燃え広がらないようにするには、両者がお互いの謝罪を確認し、真の和平への出発点にすることです。何らかの原因があって紛争が起こり、国家間においてその因果関係は複雑に絡み合います。一方的にどちらが悪いとか、そちらが謝罪を言っていると、永遠に和解などできません。

(アイルランド大統領英国初訪問/ 「CNN.co.jp」 )

2014年にアイルランドのヒギンズ大統領は「互いに謝罪しあい、再スタートを切るべきだ」と呼びかけています。それを受けて、エリザベス女王は「私たちの未来が過去によって脅かされることはもはやない」と応じています。アイルランド側からすると、謝罪するのは英国側と思っているでしょう。だけど、それは求めない。求めるうちは、和解に達しないからです。

 不用意にカネを払うと、いつまで経っても和解できない

日韓関係は基本条約を結んでから55年以上経っているのに、常にぎくしゃくしているという印象をもちます原因は、一番最初にあります竹島についても決めることなく、日本が譲歩してカネ(有償、無償合わせて5億ドルの経済協力金)まで支払いました。最悪の決着の仕方だったということが今になって改めて分かります。その後、結果だけが一人歩きし始めます。経済協力金を賠償金と国際社会は理解するでしょう。そうすると、カネを支払わなければいけないようなことをしていたのかということになります。

もう一つ学ばなければいけないことは、何故、北アイルランドが最終的に英国に割譲されてしまったのかということですその根本原因は、土地を奪われたことによります。調べてみると、1641年にはカトリック教徒が所有する土地の割合が59%だったのですが、1703年には14%にまで低下しますこの僅か60年の間に、激しい土地収奪が行われており、これを防ぐことができなかったために、国土そのものが奪われることになったのです。

日本では、北海道が中国資本、対馬が韓国資本による土地の買い占めが進行しています。今、ようやく国会が動こうとし始めたところですが、この動きにストップをかける政党(公明党)が出る始末です。のんびり構えているような問題ではないと思っています。

読んでいただき、ありがとうございました。

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