
「少子化が進行しています。国もそれなりの危機感を持って「こども未来戦略」なるものを2023年に出していますが、ピントがずれています」

「危機感の中身は合っているのですか?」

「現状認識は合っています。これが出された時の出生数は約77万人でした」

「昨年、2025年は約67万人で、わずか2年で10万人も減っています」

「処方箋を間違えた薬をいくら飲んでも効かないようなものです。抜本的な対策を取らないとさらに加速度的に少子化が進みます。特に、今年が「ひのえうま」の年なので、さらに出生数が少なくなることが予想されます」

「そういう意味で、今年は試練の年でもあるのですね。ところで、「こども未来戦略」のスタンスはどういったものですか?」

「若い世代への経済的支援、社会の意識改革、子育て世帯への支援といったものです。そして、「2030年までがラストチャンス」と言っています」

「それなりの危機感は持っているのですね。見通しは、どうですか?」

「このままでは、2030年までコンスタントに減り続けると思います。ここ10年で30万人減っています。下手をすると、50万人を割る可能性があります」

「そういうレベルなのですね。ここからが本論です ↓表紙写真は「Fruitful English」提供です」
少子化は国家にとっての末期症状
話を分かり易くするために、人の身体に例えて説明したいと思います。国と人では違うのではないかと思うかもしれません。しかし、人は多くの細胞組織によって成り立ち、国もまた多くの組織と機関によって成り立っています。ヘッドに相当する機能もありますし、意思決定を行う組織もあります。生物学的な違いはありますが、両者とも有機的な構成体であるという点では同じです。
人間の身体は、ケガをしても細胞の再生活動によって回復します。健康な細胞は生命を維持しようと働くからです。しかし、その細胞に異常が生じると、本来の役割を果たせなくなり、時にはガン化して、逆に身体全体を脅かす存在になります。
これはあくまでも比喩ですが、国も同じです。国は個人、家庭、企業、自治体といった多くの組織によって構成されています。中央から様々な政策が打ち出されますが、その内容によっては現場に大きな負担や不利益をもたらすことがあります。不平・不満が増幅すると、既存の仕組みそのものを変えようとする組織や運動が生まれることがあります。つまり、問題の大元は、末端に現れた現象ではなく、その現象を引き起こした統治のあり方にあるのです。少子化もまた、そのような視点から見る必要があるのです。

(「品川区がん情報」)
「こども未来戦略」が原因に迫れない理由
政府の「こども未来戦略」は、近年の30年程度の社会状況を前提にした上での方針です。しかし、それでは少子化の本当の原因を把握することはできません。例えば、身体に悪い物を食べ、不規則な生活を2、3週間続けただけですくに重い病気になる訳ではありません。長年にわたる生活習慣の積み重ねが、やがて深刻な症状として表面化するのです。そのように、少子化という社会現象も長いスパンで考える必要があるのです。
明治維新以降現在まで、政権そのものは変わらず続いていますので、昭和、戦後と変に区切るのではなく、明治以降約160年間をトータルで考える必要があるのです。問題なのは、少子化をどの程度深刻なレベルの「病状」と診断するかです。ケガ、カゼ程度であれば、対症療法で対応できます。しかし、細胞レベルで進行する病気であれば、原因そのものに向き合う必要があります。
国にとっての「細胞」にあたるものは地域共同体です。ところが現在、それが疲弊もしくは機能低下、さらには消滅の危機に瀕するということが全国的に起きています。地域社会が衰弱すれば、人を育て、互いに支え合い、次世代を生み育てる基盤が失われます。少子化は、その結果として現れている現象なので、問題の根は深いところにあるのです。

(「日テレNEWS NNN-日本テレビ」)
日本の風土を無視した国家設計
とにかく、明治以降の政権が、日本の地理的特徴とそれまでの歴史をきちんと分析せず、勝手な国づくりをしてきたことの結果として、今日の様々な問題が起きていると考えています。都合の悪いことは、プロパガンダを流して別の歴史に書き換えたりしてきたのです。その長年の蓄積が、ここに来て少子化という現象となって表面化しているのです。小手先の対策で何とかなるような問題ではありません。
日本の国土利用状況を見ると、日本は「森林大国」であることが分かります。森林:66%、農地:12%、宅地:5%、その他17%です。森林率66%は世界1,2位を争うレベルです。森林には多くの野生動物が住んでいます。日本には原生林が殆どありません。高温多湿で肥沃な大地を有するこの国の森林は、人間が手を入れなければ光が入らず下草が生えないほどの密林になってしまうと言われています。
そこで先人たちは今まで苦労して里山という人間と野生動物たちとの緩衝帯を整備しながら彼らとの共生を図ってきたのです。しかし、限界集落が増え、過疎化が進む中で整備が行き渡らなくなっています。各地で出没するようになったクマは日本人が森を整備しなくなったことが原因なのです。SDGs(「持続可能な開発目標」)を言うからには、クマなどの野生動物の保護をはかりながら、彼らとの共生を模索する必要があるのです。
さらに、日本の地理にはもう一つ大きな特徴があります。それは、大河が存在しないということです。列島の中心を山脈が連なり、そこを水源としているため川が急流で短く、水運には適さず、道路を寸断する役割しか果たしていないということです。そのような特徴を有する国で明治政府は中央集権国家をつくりますが、無謀だったのです。中央集権国家を機能させるためには、中央と地方のやりとりが必要なので、人・モノ・情報を効率的かつ迅速に運ぶ「手段」が必要です。大河があれば良いのですが、日本には生憎そのような川はありません。無理な「設計図」を引いてしまったのです。
明治以降の国家設計は、日本が歴史の中で育んできた地域社会の力を十分に活かすものではありませんでした。その歪みが長年蓄積し、いま少子化という形で私たちの前に現れているのです。無理に無理を重ねていくのが、その後の歩みです。そのことは、次回以降順次発信したいと思います。

(「農林水産省」)
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