
「イノベーション理論の父といわれたシュンペーターの学説を紹介したいと思います」

「イノベーションの意味は何ですか?」

「直訳すると、革新とか、新機軸、技術革新でしょうか。新しい技術やアイデアを採り入れて新しい価値を創出して、社会や市場に大きな変革を起こすことを言います」

「AIが急速に様々な分野に採り入れられようとしています。まさに、こういったことを指しているのですね」

「少し前はSNSでした。そういった新しい技術が社会に出ることによって、我々の生活様式すらも変わってしまいます。」

「それを経済学的に考えましょうということですね」

「そうですね。実はシュンペーターは発展する経済とは何なのかを突き詰めて考えた人だと思います」

「発展する経済があるということは、発展しない経済もあるのですか?」

「両方あると言っています。日本の失われた30年がまさに後者にあたります」

「もしかして、発展するかしないかはイノベーション次第ということですか?」

「さすが、良い勘をしていますね。その通りです」

「ここからが本論です ↓表紙は「ダイレクトアカデミー」の提供です」
経済発展は「赤字」から始まる
高校公民科の経済の授業で3つの「経済主体」を習います。政府、企業、家計です。問題なのは、どの教科書もそれらを同じように取り扱っているため、同じ原理で考えれば良いと思いがちです。通貨発行権がある政府・日本銀行と、あくまでも受け身的に考えなければいけない家計を同じように考えて良い訳がありません。通貨発行権があるということは、経済状況に応じてその権利を行使しなければいけないはずです。ところが、今の主流の経済学は市場均衡論を唱えて「同等」に考えようとします。例えば、財政赤字と家計の赤字を、「赤字」ということで同じように捉えようとします。実は、そこが一番の問題点なのです。
家計は収入の範囲内で支出を考える必要があります。しかし、企業者が新しい事業を始める場合、現在持っている資金の範囲内だけで考えていたのでは、新しい経済活動は生まれません。つまり、既存の所得や貯蓄の範囲を超えて、新しい事業に資金を先行投入する仕組みが経済発展を生むのです。シュンペーターは、銀行による信用創造が企業者に新たな購買力を与え、それによって「新結合」が実現すると考えました。具体的に言うと、新規半導体の工場を作るために100億円の資金がいるのですが、銀行だけが企業の信用を担保にして資金を貸してくれたとします。その瞬間に、企業の経営力と技術と資金が「結合」して、新たな経済発展のきっかけをつくるのです。
人間が貨幣を発明し、それを使用し始めた頃は、貨幣は物々交換を円滑にするための手段であり道具に過ぎませんでした。人間の経済活動によって余剰生産物がコンスタントに産み出されるようになり、それを取引する市場が自然に形成されるようになります。その頃に発明されたのが貨幣でした。貨幣が単なる交換手段として使われているだけなら、経済は既存の取引を繰り返す「循環」にとどまります。シュンペーターが注目したのは、信用によって新たな購買力が企業者に与えられ、それまで存在しなかった事業が始まる瞬間でした。
当初は貨幣が決済の主役だったのですが、その地位を紙幣に奪われます。それと同時に通貨発行権という概念が誕生し、それを国家権力が管理するようになります。紙幣は紙に数字を印刷しただけの代物ですが、国家の信用が付与されているため流通することになります。そして、ここが重要な点ですが、流通させるためには大量に紙幣を発行して、まず政府がそのお金を使う必要があります。政府支出が増えることは財政赤字が増えることですが、そこから国の経済がスタートしたことは確かですので、マイナス、つまり赤字を原点として現代経済を考える必要があるのです。

(「ユキドケの人生楽しくあそブログ」)
シュンペーターが説いた「新結合」と経済発展
実は経済学にはいくつかの立場・学説がありますが、経済を見る視点を大きく分けると、「均衡」を重視する考え方と、「変化・発展」を重視する考え方があります。均衡論は「経済がどう循環するか」に説明の力点を置いていますが、シュンペーターは「経済がなぜ発展するのか」ということに力点を置いて論を組み立てています。そして、前者の均衡論は、現在においても世界で主流の経済学派を形成しています。日本の教科書もこの立場で書かれています。財務省もこの考え方で動いています。そのため、財政赤字に敏感に反応したり、何か政策を立法府が提案すると常に「財源論」を持ち出したりします。要するに、彼らが理想とするイメージは、貨幣が発明され物流が売買を通して自然循環している頃の経済社会です。すべては市場の流れに任せて人為が働かない世界、アダム・スミスが唱えた「神の見えざる手」が働く世界です。
日本最初の本格的な流通貨幣と言われる和同開珎が鋳造されたのが8世紀初頭です。原初的な経済活動が始まりますが、それから千年位の時を経て資本主義が成立します。それと同時にお金の役割が変わります。時代的には市民革命後なので、18世紀以降のことです。シュンペーターの言葉を借りるならば、「静態的」な経済と「動態的」な経済のどちらかを選択するような時代への移行となります。資本主義社会になったからといって、自動的に右上がりの「動態的」な経済になる訳ではありません。
「動態的」な経済、つまり資本主義社会として発展するためには何が必要なのかという問いに対して、シュンペーターはイノベーションと言います。そして、イノベーションの本質は「新結合」であるとします。生産とはモノと力の「結合」ですが、従来とは違った組み合わせを「新結合」と言い、それによって新しい商品・技術・市場・組織を生み出すのです。それが多くの利益を生み、経済を発展させます。
それについての好例が、インターネットです。インターネットは民間企業の発明ではありません。アメリカの政府機関であるNSF(全米科学財団)がIBMやMCIといった民間企業やミシガン大学などと官民・大学連携協定を結んで構築したのが「NSFNET」と言われ、これが現在のインターネットの直接の土台になっています。1991年に「NSFNET」を使って商業ビジネスを行うことを許可しました。これにより、世界初の商用インターネットの整備、Webの普及、検索・電子商取引、SNS・クラウドが次々と誕生しました。今や世界時価総額トップ10の中にインターネットを事業基盤とする巨大IT企業として、アルファベット、メタ、マイクロソフトの3社が入っています。一つのイノベーションが巨大ビジネスを生み出したのですが、最初の手引き的な役割を果たしたのがアメリカの政府機関なのです。

(「note」)
イノベーションを生む政府、生み出せない政府
アメリカの政府機関(NSF)は、「最初の基礎投資(約5,800万ドル)とルール作り」だけを行い、市場が育った瞬間に「自らのネットワークを廃止して民間にすべてを譲る」という見事な引き際戦略をとりました。この「政府がお金を出して育て、完成したら民間に丸ごと任せる」という思い切った方針があったからこそ、数年後にWebブラウザが普及し、現在のドットコムバブルやSNS社会へと繋がる爆発的なイノベーションが起きたのです。この見事なチームプレイが、現在のアメリカ経済の発展をもたらしているのです。そして、このような計画を立てることができたのは、経済発展の原理を充分に理解していたからです。
対照的に日本は「静態的」な経済の道を選択してしまったのです。日本経済は1990年代から始まった経済停滞から抜け出せないまま2020年代に突入して「失われた30年」と言われるようになりました。シュンペーターが重視した「経済を内部から変化させる力」よりも、市場競争を促す制度改革に重点を置いたからです。1990年代から日本が行ったことは構造改革ですが、その基本的な考え方は、「市場の自由競争に任せれば、経済は成長する」というものでした。政治家やキャリア官僚たちは主流派経済学の理論を参考にして、規制緩和、民営化、グローバル化を掲げて構造改革を進めました。具体的には、金融市場の規制緩和、郵政民営化、電力市場の自由化、自由貿易協定の締結、外国人労働者の規制緩和などです。これらは、カネとモノの流通ルートにだけ着目した改革です。例えて言えば、単に信号機を取り払ったようなものです。求められていたのは、新たな高速道路網を建設することだったのです。
例え話をそのまま使います。高速道路網を建設することが必要と誰かが思ったとしても、巨額の資金と組織がなければ現実は動きません。それができるのは政府機関か大企業しかありません。ただ、事業の見通しが完全に立つ訳ではないので、大企業ですら躊躇します。つまり、アメリカの例を見ても分かるように、現代社会においてイノベーションを引き起こして経済を発展させようと思うならば、政府が何らかのかたちで関与するしかないのです。
日本政府には、そのような考えは殆どないと見受けられます。『日経』(7.3日付/夕刊)に「京大『卓越大』第3号に」の記事が掲載されました。卓越大に認定されれば、25年間多額の研究資金が供与されるとのこと。2026年度分として200億円を助成するとのこと。何を研究するかは、京大に任せるということです。大学の基礎研究には最大限の自由を保障すべきです。しかし、その研究成果を社会実装し、新産業へ結びつける段階では、政府が資金・組織・企業連携の基盤を整える必要があります。つまり、政府・大学・企業を結ぶ『新結合の仕組み』を構築することを考えたらいかがかという提案です。高度な文明をさらに発展させるためには、硬直した考えではなく、時代に合わせた柔軟な発想と機動力を生かした戦略が求められているのです。

(「日本経済新聞」)
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