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なぜ日本経済は力を失ったのか(3回シリーズ/その3)―― 日本に足りないのは「新結合」である / 人材・技術・資金を結び直す国家システムの構築へ

「前回はイノベーションという観点から、経済の発展を考えることの重要性をシュンペーターから学んだと思います」

女性

「経済活動をしたからといって、発展する訳ではないと言われ驚きましたが、よく考えれば当たり前のことを言っているのだと思いました」

「スポーツでも、練習をして上達する人とそうでない人がいます。同じ理屈です」

女性

「上達するためのコツみたいなものがありますものね。経済も同じだということですね」

「特に現代経済は完全な「組織戦」ですので、国(政府)と企業と大学などの研究機関がチームを組んで目標達成を目指すようにしなければ上手くいきません」

女性

「それが「新結合」ということなんでしょ?」

「そうですね。さすがに呑み込みが早いですね」

女性

「「失われた30年」と言われていますが、日本は何が足りないのですか?」

「一言で言えば、チーム戦になっておらず、個々に戦っているような状況です。そのため、無駄なところに資金を投じたり、投じなければいけないところにお金を出さなかったりということが起きています。野球に例えれば、変に力んでフォームが崩れてしまっているような状態です」

女性

「ヒットが打てないということですね」

「当たり損ねのポテンヒットは打てますが、目の覚めるようなライナー性の打球やホームランは打てないでしょうね」

女性

「ここからが本論です ↓表紙は「www.amazon.co.jp」提供です」

 「失われた30年」の本当の原因

均衡した経済は、基本的に同じ循環を繰り返すだけです。企業も同じ量の生産・販売を繰り返し、業務を拡張をしなければ、何年経っても大きく成長することはありません。国内の企業がすべてそうであれば、国としての経済発展も望めません。このブログの読者の中には、1億人近くの人たちが毎日一生懸命働いているのだから、経済は自然に発展すると思っている人がいるかもしれませんが、そんなに単純な問題ではありません。だからこそ、経済発展の基本的な仕組みや考え方を学ぶ必要があるのです。

そこで問題になるのが、シュンペーターが説いた「新結合」です。新しい技術、新しい人材、新しい資金、新しい市場を結び付けます。その「新しい組み合わせ」がそれまでの循環経済から脱出して、新たな発展を生み出します。この日本に、「新結合」を継続的に生み出すシステムがあるのでしょうか。もちろん、日本にも産学官連携や各種の研究開発支援制度はあります。しかし、それらが一つの国家的なシステムとして有機的に結び付き、継続的にイノベーションを生み出しているかと問われれば、疑問を持たざるを得ません。実は、そこが最大の問題点であり、「失われた30年」の最大の原因なのです。

前回のブログでアメリカの「新結合」の態勢について具体的に紹介しました。アメリカの政府機関(NSF)が旗振り役を担ったのです。10年間で投資した金額は約5,800万ドル、当時の日本円に直すと50~60億円くらいです。雲を掴むような話に、それだけの大金を先行投資として出せる企業は限られています。もしかしたら、どの企業も動かないかもしれません。だからこそ、政府が初期段階のリスクを引き受け、大学と企業を結び付ける役割を果たしたのです。

かつての時代であれば、一企業の研究室で生み出されたイノベーションが当該の企業を発展させ、それが国全体の発展に繋がるということがあったでしょう。しかし、文明が高度化すればする程、イノベーションの質も当然高まります。多くの叡智を結集しなければイノベーションを生み出し、さらに商品化することはなかなか出来ません。そのことを一早く気が付いたアメリカが政府主導で経済発展をリードする仕組みを整えてきたのです。一方、日本では省庁、大学、企業、研究機関がそれぞれ個別に動き、「新結合」を継続的に生み出す国家的なシステムを十分につくることができていません。

(「産経新聞;産経ニュース」)

 財政均衡を目的にしてはいけない

日本の財政運営には、財政収支の均衡を重視する発想が強いですそれは何故なのか。財政均衡の考えが受け継がれるべき不文律として財務省内でまかり通っているからです。

霞が関の官僚は、省庁別採用のため、財務省に採用されれば、退職するまで財務省に所属します。そして、その「財務省は東大法学部でなければ人にあらずという、きわめつけの東大法学部閥」(髙橋洋一『さらば財務省!』講談社、2008)であると、財務省出身の髙橋氏は述べています。財務を扱う官庁であれば、法学部ではなくて経済学部出身者が相応しいと思うのですが、国家公務員総合職試験の上位合格者が入る省庁が財務省であるため、それが「伝統」になっています。経済を学んでいない者が財務省に大量に採用されるため、学問的成果よりも、先輩から後輩へと受け継がれた不文律が先行・優先する省庁になってしまっているのでしょう。法学部では、「シュンペーター」を習わないのではないでしょうか。そのような組織が、日本の財政政策を強く左右していることが問題なのです。

財政論議で常に問題になるのが、巨額の政府債務です。確かに、日本の政府債務はGDP比で見れば世界でも突出した水準です。これを軽視することはできません。具体的な数字をあげると政府債務が約1,400兆円〜1,500兆円あり、外貨準備や年金積立金などの政府が保有する金融資産が約500兆円あり、国民の金融資産が2,300兆円あります。もちろんこれらを直接に相殺できませんが、日本には家計部門を中心に巨額の金融資産があるのです。このため政府債務が巨額でも財政破綻をしないのです。だから政府債務の数字だけを見て「お金がない」と考えたり、借金なので返済することを考えたりするのではなく、国内に存在する資金をどのように経済発展につながる分野にまわすのかを考える必要があります。

政府債務について、ユーロ圏の国と日本とを比較して論じる方がいますが、通貨発行権が自国にない国と比較をしても意味がありません。現在、ユーロ圏で一番政府債務比率が悪い国がイタリアです。金額にして約2.8兆〜2.9兆ユーロ、日本円に換算すると約480兆円〜500兆円の規模に達しています。GDP(国内総生産)に対する比率で見ると約137%〜138%(GDPの約1.4倍)です。日本は「約2.5倍」ですが、単純比較すること自体が間違っています。日本は円建てで国債を発行し、日本銀行がそれを買い支えることができますが、イタリアの通貨は「ユーロ」であり、通貨発行権は「欧州中央銀行(ECB)」にあるため、イタリア単独の都合で国債を買い支えたり、お金を増刷したりできないからです。

(「キャピタル・トレーダーズ株式会社」)

 「新結合」を生み出す国家へ

財務省が考えているように政府債務を減らすために、税金を課すことによって家計や企業から資金を回収しようとすればするほど、市中にまわる資金量は減り、経済は不況に向かうことになります。つまり、民間投資が弱く、経済が十分に成長していない時に、そのような政策を行えば、需要はさらに弱まり、経済成長を阻害する可能性があります。そうなると「失われた30年」が40年、50年と長くなるだけです。

重要なのは、「財政赤字を減らすこと」を政策の最終目的にしないことです。経済全体で考えると、民間部門の黒字は、政府部門の赤字になります。すべてプラスしてゼロになるはずだからです。何度も言うようですが、国民の金融資産が2,300兆円もあり、1990年代を境にして大企業は内部留保や現預金を貯め込むようになったため、政府部門の赤字が拡大するのです。よく、日本は財政支出の抑制に努めてきたのに、どうして財政赤字が増えるのかと言われますが、家計と企業で黒字を増やしているため、当然、政府部門が赤字になるということです。

そして特に注意をして見る必要があるのが、大企業が増やしている現預金です。これは内部留保とは違い、自由に動かすことができる預金です。この額が約110兆円くらいあります。これは何を意味しているのかというと、国内投資に回されず、滞留している資金ということです。家計の場合、預金が増えることは悪いことではありませんが、企業が現預金を増やしているということは、経済の発展という視点からすると良いことではないのです。「動いていないお金」が大量にあるということだからです。成長する企業は、絶えず多くの資金を借りて投資を繰り返しています。例えば、アメリカの巨大企業メタは2025年から2026年にかけて投資会社と最大約270億ドル(約4兆円)の資金調達契約を結びました。さらに現在、社債発行で約250億ドル〜300億ドル規模の資金調達を行う計画があるとのことです。借りられるだけ借りるという積極経営が、企業経営者にとって大事なのです。企業経営者が債務を減らしたり、現預金を増やすことを考え始めたら、その企業の成長は止まるからです。

予算を計上してそれを手当としてバラまいても、経済発展にはつながりませんアメリカが行ったように、政府が初期段階のリスクを負担し、イノベーションのための財政支出を増やして経済発展を図り、財政規模を大きくする中で赤字解消を目指すのです。財政赤字を縮小してから経済発展を目指そうとしているのですが、それは順番が逆だということです。どういうことか。人に例えてみます。新入社員の時に50万円を借りて自己投資に使ったとします。それによって実力を高め給与が上がれば、50万円は相対的に少なくなります。給与が20万円の時代の50万円と、100万の時の50万円はその「重さ」が違います。自分自身の価値を上げれば、債務は相対的に少なくなります。国も同じです。日本は自己投資の50万円を惜しんでいるようなものなのです。

とにかく均衡論に立った財政政策を見直した上で、イノベーションを継続的に生み出すシステムを構築することです。日本経済が力を失った原因は、能力の不足ではなく、能力を結合するシステムをつくらなかったからです。個々人の能力がいくら高くても、それが機能的に発揮できるシステムを作らなければ、経済発展はできません。現在、ワールドカップが開催されています。個々に優れた選手をチームとして生かす全体の戦略が優れている国が最終的に勝利を掴むことになります。国の経済も同じなのです。

前回のブログで紹介したアメリカのやり方を手本にして、日本でも官と民そして大学が一体となったプロジェクトチームによるイノベーションを起こすことが出来れば、日本経済再生への道が見えてくるのではないでしょうか。日本経済を再生するとは、新しい資源を探すことではありません。すでにある人材・技術・資金をもう一度結び直すことなのです。

(「日本経済新聞」)

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