
「ひきこもりの平均年齢が36.9歳だそうです。この10年で4.2歳上昇したそうです」

「実は、私の親族にも、ひきこもりがいましたので、他人ごとではないのです」

「そうなんですね。ちなみに、どうして、ひきこもってしまったのですか?」

「一言で言えば、完全な自信喪失です。働きに出たのですが、職場で上手くいかず、そのまま引きこもってしまいました。親の対応も悪いと思いますけどね」

「不登校からひきこもりというのもあるのでしょう?」

「若年層(15~39歳)の約1/4が不登校がきっかけだそうです」

「それ以外の原因は何ですか?」

「職場の人間関係、中途退職、病気などですね。失恋なんていうのも、あるみたいです」

「私の長男のクラスメイトは女の子に失恋して、しばらく学校を休んだそうです」

「まだ、小学校5年生でしょ。ずいぶん、ませた話ですね」

「人間関係が稀薄なので、大人が思わず笑ってしまう些細なことでも、それがきっかけとなって不登校になることもあるそうです」

「時代が代わったのか、社会が変わったのか、子どもが変わったのでしょうか?」

「ここからが本論です ↓表紙は「Adobe Stock」提供です」
「ひきこもり150万人」が意味するもの
「Hikikomori」は今や「国際的な専門用語」だそうです。あまり名誉なことではないかもしれませんが、日本発の社会現象として世界に知られているということです。
2015年の内閣府調査によると、ひきこもりの数は115万人でした。それから約10年が経ち、減少するどころか約150万人にまで増えています。人手不足が叫ばれているような状況下で、減少してもおかしくないと思われるのに、なぜ増えているのでしょうか。その原因は何でしょうか。AIに聞いてみると、「引きこもりの原因は単一ではなく、学校や職場でのいじめ・人間関係のトラブル、受験・就職の失敗といった挫折経験、発達障害や精神疾患(うつ病、不安障害など)が複雑に絡み合って発生します。こうした心理的・社会的なストレスが限界に達し、社会との交流を断って自分を守ろうとする状態が引きこもりです」との回答を得ました。
複雑な要因が絡み合っているとの認識ですが、その場合は「原初形態」に戻って考えるのが基本です。つまり、現代の状況に視線を合わせるのではなく、ひきこもりが起こり始めた時代に戻って考えることが重要です。
本来そういった原因究明は報道各社が現象報道と併せて行うべきですが、日本のプレスは「臭いものには蓋」をする傾向が強く、ひきこもりを単なる社会現象として処理しようとしているように見えます。実際に、「ひきこもり平均36.9歳」(『産経』)「ひきこもり36.9歳」(『日経』)と、年齢を前面に出していますが、本当に重要なのは平均年齢ではなく、現在の人数であり、この間の増加した数です。「150万人」という数をひたすら隠して報道している感がします。プレスは霞が関の意向を受けて報道しますので、ひきこもりの数が増えていることに官庁筋は衝撃を受けているということが分かります。

(「学研ココファン」)
「登校拒否」と「不登校」の間にあるもの
ひきこもりの問題は、不登校とセットで考える必要があります。というのは、タイムラグを伴いながらも、同じ「社会的土壌」の中から現われた現象だからです。
現在では「不登校」と言っていますが、この現象が出始めた1960年代の頃は「登校拒否」と呼んでいました。その後、1990年代になり、学校に行っていない状態を客観的に表す「不登校」の方が良いという文科省の意向により、この言葉を使うようになりましたが、本質をついた登校拒否の言葉の方が良いと思います。というのは、根底に子どもや社会が求める教育が提供されていないということがあるからです。
1960年代は日本が高度経済成長に入った時代です。今までよりも豊かになり、誰もが学校に通える「皆学(かいがく)」社会が完成したと思った途端に現れ始めた不思議な現象だったのです。確かに、普通に考えれば不思議かもしれませんが、よく考えれば不思議でも何でもなく、硬直した教育行政しか提供できない文部省(現文科省)自体の問題があったのです。
かつての時代であれば、男性は親の家業を受け継ぐことを考え、女性は嫁に行くことを考えていれば事足りるような状況でした。しかし現代は、職業も生き方も極めて多様化している上に流動的です。女性も社会で活躍を求められているような状況です。本来であれば、学校はそれを踏まえて「自分は何者なのか」「どのように生きるのか」というアイデンティティの確立を支援する場でなければなりません。ところが、文部省は長年にわたり、学校を「知識を教える機関」としてのみ捉え続けてきました。国民のニーズと提供される教育サービスとの間にズレが生じ、それが登校拒否の現象として現れ始めたのです。不登校という自然現象のようなネーミングにするのではなく、登校拒否として何が拒否されているのか、文科省には正面から見据えて取り組む姿勢が求められているのです。

(「読売新聞」)
ひきこもり社会を生み出した日本の構造
不登校(旧:登校拒否)とひきこもりは、まさに「同じ社会背景から生まれた、表裏一体の現象」であり、不登校問題の激化から数年〜十数年のタイムラグを経て、ひきこもり問題が表面化してきました。不登校の問題を解決できずにそのまま放置したために、結局、ひきこもりの問題が起きることになります。
不登校とひきこもり、2つの問題が「軌を一にして」現れた背景には、大きく3つの構造があります。第一は、「時系列の一致」です。1970年~1980年代にかけて「登校拒否」が急増した際、社会はそれを「子ども時代の一時的な問題(学校ぎらい)」と捉えていました。しかし、その世代が大人になっても社会(就職)にうまく移行できず、そのまま自宅に留まり続けた結果、1990年代後半になって「ひきこもり」という新しい言葉とともに社会問題化したのです。そして、さらに2010年代から現在において、中高年ひきこもり・8050問題(高齢化)と言われるようになったのです。
第二には、「単一のライフコース」という構造的背景があります。戦前の日本には、学校に行かなくても「家業を手伝う」「丁稚(でっち)奉公に出る」「地域の共同体で働く」といった多様な生き方(受け皿)がありました。しかし、高度経済成長期以降、日本社会は「学校を卒業して、すぐに新卒で企業に就職し、定年まで勤め上げる」という、強固な一本のレールをつくり上げました。その結果、学校という最初のステップでつまずいた(不登校)人が、次のステップ(就職)でもつまずき、社会から完全に孤立してしまう(ひきこもり)という構造が生まれました。不登校とひきこもりは、個人の弱さの問題ではなく、「一本道しか用意していない社会」の問題でもあるのです。
そして、最後の3点目ですが、アイデンティティの確立がなされないまま、社会に送り出されている現状があります。この問題こそが、不登校・ひきこもり問題の根底にある核心部分なのではないでしょうか。この点については、次回のブログ(来週火曜日配信)でさらに掘り下げてみたいと思います。

(「学研ココファン」)
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