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ジェンダーギャップ指数を問い直す ―― 国際ランキングに惑わされる日本 / 男女の数をそろえることが平等なのか

「ジェンダーギャップ指数というのを聞いたことがありますか?」

女性

「いつもランキングが発表されますよね。日本はいつも低いと言われています」

「2026年9月に発表されましたが、145か国中117位でした」

女性

「世界には200か国近く国がありますが、どうして145か国なんですか?」

「WEFが求める14の指標データがあって、それが揃わない国は「算出不能国」として分母に含まないのです」

女性

「日本は高市早苗 氏が内閣総理大臣という要職に就き、さらに財政の要である片山さつき 氏が財務大臣に就き、東京都知事も女性です。何でこんなに低いのでしょうか。そもそも、2024年、2025年のランキングは何位ですか?」

「2024年118位、2025年118位。2人の女性が総理大臣、財務大臣になったのですが、順位は1つ上がっただけです」

女性

「何かおかしくないですか?」

「どうして順位が上がらないのかというと、過去50年間の国家元首・行政府の長(首相)の在任期間の男女比を見ているからです」

女性

「50年前に遡っての数値なんですか? だったら、毎年ランキングを発表する意味がないと思いますけど……」

「その辺りをAIに聞いてみました。どうして毎年ランキングを発表するのか、と」

女性

「そしたら、何と……」

「あえて毎年ランキングを出し直して「順位が上がった・下がった」と騒ぎ立てることで、メディアを巻き込んだ年中行事にしているのが実態です」という答えが返ってきました」

女性

「ここからが本論です ↓表紙は「データのじかん」提供です」

 ジェンダーギャップ指数は何を評価しているのか

ジェンダーギャップ指数(Gender Gap Index: GGI)は、スイスのジュネーブに本部を置く非営利財団である「世界経済フォーラム(WEF:World Economic Forum)」が考案し、公表を始めたものです。特定の個人が言い出したというよりは、この国際機関が組織として定めた指標です。開始されたのは2006年です。それから毎年、報告書の形で公表されています。

世界経済フォーラム(WEF)は国連の傘下機関ではなく、独立した国際機関です。毎年冬にスイスのダボスで開催される「ダボス会議」の主催団体として広く知られています。ジェンダーギャップ指数は、「経済」「教育」「健康」「政治」の4つの分野において、男女の間にどれだけの格差があるかを0(完全不平等)から1(完全平等)の数値で表し、各国の状況を比較・評価するために用いられています。

問題なのは、その指標が社会の何を測り、何を測っていないかということです。「経済」の部門では、労働参加率、男女の賃金格差、推定所得、管理職や専門職・技術職における男女比などを評価しています。しかし、農業や製造業、地域社会を支える様々な仕事の価値そのものを評価しているわけではありません。また、家事、育児、介護といった無償労働の社会的価値も、指数に反映されていません。社会を支える仕事には様々なものがあります。その価値を十分に評価せず、特定の統計指標だけで男女平等の進展を判断することには限界があると思われます。

また「政治参画」の部門では、衆議院・参議院(あるいは下院・上院)に占める女性議員の比率、内閣における女性閣僚の人数比率を指標化しています。つまり、「役職の重み(総理大臣なのか一人の大臣なのか)」は考慮していません。東京都知事のように、大きな行政権限を持つ女性の地方自治体首長も、政治分野の独立した評価項目には含まれていません。国政だけを見て、地方政治における女性の活躍を十分に評価していないのです。さらに、国家元首・首相については、過去50年間に遡ってその在任期間を問題としますので、日本のように女性総理が誕生したとしても、そのまま指数に反映されるわけではありません。「1」を獲得するためには、あと24年間女性総理を選出する必要があるのです。

(「かるび勉強部屋」)

 世界経済フォーラムの成り立ちと、その評価思想

世界経済フォーラム(WEF)が設立されたのは1971年です。WEFは国家が加盟する組織ではなく、世界各国の有力企業(約1,000社の法人会員)や有識者が参加する民間の非営利財団です。政界、経済界、学術界などから選ばれた約30名の著名なリーダーたちによって構成され、「理事会(Board of Trustees)」が組織の意思決定や監督を行っています。理事会には、大手企業の経営者、国際機関(IMFなど)のトップ、王族、元政治家などが個人として名を連ねています。

世界経済フォーラム(WEF)の運営資金は、主に世界トップクラスの企業約1,000社が支払う「年会費」や「パートナーシップ料」、そして会議の「参加費」によってまかなわれています。そのように民間企業からの資金によって自立的な運営が行われているのが最大の特徴です。会員の多くは売上高50億ドルを超えるような大企業で、メンバーになるためには多額の年会費を払う必要があります。簡単に言えば、世界の「エリート企業クラブ」のようなものです。

WEFのジェンダー平等論には、人権や社会的公正という観点に加えて、女性の能力を十分に活用することが経済成長や生産性の向上につながるという、経済合理性を重視する発想があります。しかし、人間の幸福は経済的な成功だけで測れるものではありません。仕事での自己実現を重視する人もいれば、家庭や地域社会での生活を大切にする人もいます。どのような生き方を選ぶかは、本人の意思によるべきです。そうした多様な幸福のあり方を、ジェンダーギャップ指数だけで評価することはできません。

(「japanese. cri.cn」)

 男女比率の均等化は、理想社会を意味するのか

世界経済フォーラム(WEF)のジェンダーギャップ指数は、「単純に男女の数(比率)を同じにすれば良い」という考え方に基づいて計算されています。この指数の算出方法の仕方は女性の値を男性の値で割った比率を用い、男女が同水準になれば1と評価します。女性の値が男性を上回っても、原則として1を上限とします。ただし、健康分野の2指標には別の基準があり、各指標には集計上の重み付けもあります。

その点で注目したいのは、女性が男性を上回っても、それが逆方向の格差として扱われないという非対称性です。例えば、ある職業で仮に女性が90%、男性が10%という構成になったとしても、その指標のスコアは1を超えません。つまり、この指数は厳密な意味で男女間のあらゆる不均衡を測る指標ではなく、主として女性側の不利な状況がどの程度解消されたかを測るように設計されているのです。

男女の比率が均等になることは、男女平等を測る一つの基準にはなるでしょう。しかし、それだけで社会が豊かになり、人々が幸福になるとは限りません。問題は、特定の指標で測定した男女格差の縮小を、社会全体の進歩と同一視してしまうことにあります。だから実際に、形式的に男女数1対1の目標により近い国だからといって理想的な状態が広がっている訳ではありません。

世界経済フォーラム(WEF)が発表した2026年9月の最新ランキングにおける上位1位から5位の国は、1位アイスランド、2位フィンランド、3位ノルウェー、4位ナミビア、5位イギリスです。ナミビアはアフリカ南西部に位置する国ですが、1人当たりGDPで見れば世界平均を大きく下回る発展途上国です。ナミビアがイギリスを上回っていることは、ジェンダーギャップ指数が国の経済的豊かさを示す指標ではないことを物語っています。男女間の格差が小さいことと、国民の所得水準が高いことは、別の問題なのです。したがって、ジェンダーギャップ指数の順位だけで、その国の社会全体の発展度を判断することはできません。このように、上位の顔ぶれを見ても、「純粋に自由で豊かな理想社会」が並んでいるわけではなく、WEFが定めた特定の計算数式(比率)にカチッとハマった国々が上位を占めているというだけなのです。

(「Instagram」)

 国際的な「ものさし」から自立した国づくりを

世界には200近い国がありますが、世界経済フォーラム(WEF)のジェンダーギャップ指数には、男女が経済活動や政治的意思決定に均等に参加することを重視する平等観が反映されています。しかし、世界には異なる歴史や文化、家族観を持つ社会が存在します。そうした多様な社会に、一つの評価基準をそのまま適用することが適切なのか、検討する必要があります。

WEFが「数の平等」という表面的な数字で各国を煽ることは、国を良くするどころか、社会の分断を加速させています。指数が発表されるたびに、日本国内ではメディアや一部の政治勢力が政権批判の材料として利用し、不毛なイデオロギー論争が巻き起こります。今年も『日本経済新聞』(2026.10/5日付)が「ジェンダーギャップ指数20年、世界と落差」ということで特集を組んでいます。日本人は国際組織が発表したものに対して敬意を持つという習性があるのか、その結果を甘んじて受け取るところがありますが、是々非々で判断すべきだと思います。

実際に、ジェンダーギャップ指数の計算方法を問題視する研究者もいます。例えば、男女間の格差をより対称的に測定するため、BIGI(基礎的ジェンダー不平等指数)という別の指標も提案されています。これは、女性の不利益だけでなく、男性の不利益も評価しようとするものです。つまり、男女平等をどのような指標で測定するべきかという問題については、学術的にも議論の余地があるのです。国際的なランキングだからといって、それが唯一の正しい評価基準であるとは限りません。

(「Manegy」)

 国家の理念が先にあり、指標はあくまでも参考程度

国際社会は「自国の主権や伝統、現実的な経済成長(機会の平等)」を最優先するナショナリズムや多極化の時代へとシフトしようとしています。一時期のように「国際組織(WEFなど)の言うことは絶対であり、ランキングを上げなければならない」という同調圧力は急速に弱まっており、科学的根拠を欠いた「変な指数」に対しては、国を挙げて無視するか、自国に合った独自のデータ分析(EBPM)で社会を運営していこうという国が確実に増えています。

ジェンダーギャップ指数は、男女間に存在する格差を可視化するという点で、一定の役割を果たしてきました。しかし、社会のあり方や人間の幸福を、一つの指数によって評価できるわけではありません。男女平等とは、あらゆる職業や役職において男女の数を同じにすることでしょうか。それとも、男女の区別なく、一人ひとりが自らの能力を発揮し、望む生き方を選択できる社会をつくることでしょうか。本来、国づくりにおいて問われるべきなのは、後者ではないかと思います。

国際的な指標は、社会の現状を知るための参考資料にはなります。しかし、それを国づくりの最終目標にしてしまえば、数字を改善すること自体が政策の目的になりかねません。大切なのは、ランキングを上げることではなく、国民一人ひとりが自らの人生に希望を持てる社会をつくることです。そのために何が必要なのか。日本は自らの歴史や文化、社会の実態を踏まえ、主体的に考えていく必要があると思います。

国家には、その国の歴史や文化、社会の実態を踏まえた国づくりの理念が必要です。国際的な指標は、その理念を実現するための参考資料の一つにすぎません。指標は国の頭上に掲げるものではなく、脇に置いて活用するものです。何を目指すのかを決めるのは、指標ではなく、私たち自身でなければならないと思います。

(「株式会社YUASA」)

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