
「8月30日に「第1回日韓少子化対策シンポジウム」が仙台で開かれ、その日に日韓少子化対策交流委員会が発足したそうです」

「少子化問題でいよいよ日韓が提携する時代になったのですね」

「日本も深刻ですが、韓国はさらに深刻ですからね」

「そもそも、今の若い子は結婚をしたがらないですよね。そこが問題なのではないかなと思っています」

「そのシンポジウムの中で、20、30代の若者を対象とした意識調査の結果が報告されたそうです。「生涯結婚するつもりはない」と回答した人は、日本と韓国でどちらが多かったか分かりますか?」

「えっ、どちらでしょうか? 同じ位だとは思いますが……」

「それを聞いて私もショックだったのですが、日本が42・4%で、韓国の18・6%を大きく上回ったとのことです」

「その数字は、私の予想を上回っていますね。非婚を何とかしないと、少子化は解決しないと思います」

「そうですね。非婚が増えていますが、日本は元々お見合い文化の国です。地域の衰退と共に、その文化が戦後急速に無くなりつつあります」

「経済問題は関係ないのですか?」

「もちろん、それも関係がありますが、そこが大きな原因ではありません。少子化は様々な要因が複合的に絡み合って起きていることは確かです。主要な原因について、見ていく必要があるのです」

「ここからが本論です ↓表紙は「HALMEK up」提供です」
経済支援だけで「非婚化」は止められるのか
日韓少子化対策交流委員会を主催した「未来を選択する会議」は、2025年10月27日に正式に発足しています。「少子化の流れそのものを変える」ために政府に提出した緊急提言は、若者の雇用の安定や社会の構造改革にまで踏み込んだものと言っていますが、内容を見る限り、これだけで「少子化の流れそのものを変える」ことができるのか、疑問を感じざるを得ません。一応、会議が出している方針を下に列記します。
主な内容は、①雇用の「正規化」推進。②若年層や低・中所得層の経済的基盤を底上げするため、「給付付き税額控除」の導入。③地方自治体が現場のニーズに合わせて雇用・住宅・子育て支援を一体的に提供する「政策リンケージ」の社会実装の提案。そして、「非婚化」については、「結婚したい人が、経済的・時間的リスクを恐れずに選択できる社会環境」をどう作るかが問題ということで、具体的には、住宅支援の対象を子育て世帯だけでなく「単身の若者や新婚世帯」にまで大胆に広げることを提案しています。
これらの内容は、「労働」や「経済」という従来の雇用対策の枠組みにとどまっており、「なぜ人は結婚を選択しなくなったのか(非婚化)」という、人間の内面や人生観、人と人とのつながりにおける本質的な問題に踏み込めていません。経済的な安定や時間のゆとりは「結婚を考えるための最低限の土台」にはなり得ても、「だから結婚したい、結婚しよう」と思わせる直接的な動機(非婚対策)にはならないのです。少し古いデータですが、2021年に出生動向基本調査が行われています。18~34歳の未婚者の約3人に1人は異性交際を望んでいません。交際や結婚を積極的に求めなくなった人が増えている状況があります。その原因に目を向ける必要があるのです。

(「毎日新聞」)
結婚を支えていた「世話焼き社会」の消滅
長年、国の少子化対策が失敗をし続けてきたのは、欧米型の個人主義を前提にした「経済的支援」ばかりを後追いしてきたからです。家族や結婚のあり方は、歴史的に形成された社会構造や共同体のあり方と切り離して考えることはできません。日本には日本独自の歴史的事情があります。それを踏まえた対策を考えないと、何も効果は表れないということになります。
国立社会保障・人口問題研究所の調査によれば、戦前には結婚の約7割を占めていた見合い結婚は、1960年代後半に恋愛結婚と逆転しました。これは単に結婚の形式が変わっただけではなく、結婚相手を探す役割が「社会」から「個人」へ移ったことを意味しているのではないでしょうか。
このように、日本は「お見合い文化」を有していた国であることを忘れてはなりません。地域が共同体としての機能を充分発揮していた時代、その共同体を組織的に維持していくために編み出されたのが「お見合い文化」だったのです。共同体にとって何が必要なのかというのは、それぞれの地域によって違います。共同体が存続するために継いでいかなければならない技術や商売もあったでしょう。家の存続が求められたこともあったでしょう。そのような時に結婚という手段が使われたのです。つまり、日本における結婚は「個人の自由な恋愛の結実」というよりも、むしろ地域、家業、技術、コミュニティを次世代につなぐための「社会的なシステム」として機能させてきた面が大きいのです。
しかし、戦後の都市化、個人の自由の尊重、そして共同体の解体によって、この「世話焼きシステム」は完全に崩壊しました。その結果、結婚が「完全なる自由恋愛市場」に放り出されたのです。共同体のサポートを失った若者は、自力で相手を見つけ、自力で関係を構築しなければならなくなりました。結婚相手を探すことまでが、個人の能力と自己責任に委ねられるようになったのです。人間関係を築くことが得意な人には問題がなくても、そうではない人にとっては、結婚以前に「出会うこと」そのもののハードルが高くなったのです。

(「PR TIMES」)
少子化対策に必要な「新しい共同体」
「未来を選択する会議」や政府の政策も、ようやく「子育て支援ではダメだ、若者支援だ」と言い始めましたが、依然として「手取りを増やす」「非正規を正規にする」といった経済合理性の枠内でしか考えていません。しかし、どれだけ手取りが増えても、「かつて共同体が担っていたマッチング機能や、結婚を必要とする社会構造(家業や地域の継承)」が消滅している以上、自然に婚姻率が戻ることはありません。
明治以降の中央集権化によって地域共同体の自律性は次第に弱まりました。ただし、「お見合い文化」そのものは戦後まで強く残っています。それを急速に衰退させたのは、戦後の都市化、人口移動、産業構造の変化、そして個人の自由を重視する価値観の広がりでした。長い時間をかけて、地域や職場、親族が担っていた「人と人を結びつける機能」が社会から失われていったのです。
かつての共同体とお見合い文化が崩壊した現代において、「地域や家業の継承」とは異なる、新しい形での「人と人をつなぐ仕組みや、結婚を選択する新たな動機(大義名分)」を日本社会に作り出す必要があります。そうしないと、国そのものがなくなる可能性が出てきます。原点に帰って、新たな共同体を構築するしかありません。

(「公営塾 葛巻町学習塾」)
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