
「女子校の出身ですよね」

「はい」

「全国の女子高(女子校)は、少子化や生徒の共学志向を背景に急速に減少しているそうです」

「実は私の母校も、共学の話が出ているそうです」

「データを紹介すると、1980年には全国に724校あった女子校ですが、近年では281校にまで減少したそうです」

「何か寂しい感じがしますが、時代の流れとして受け止めるしかないのでしょうか?」

「何でもかんでも同じにすれば良いとは思っていません。女子校としての伝統を守って欲しいというニーズはそれなりにあると思います」

「海外の状況は、どうですか?」

「日本と同じように、あるいはそれ以上に男子校・女子校という「男女別学」を明確にして教育を行ってきた欧米の国は存在します。イギリス、アメリカ、カトリックの伝統が強いフランスに見られます。しかし、日本と同じく、共学化の波は確実に押し寄せています」

「ここからが本論です ↓表紙は「マネーポスト WEB」提供です」
寺子屋に見る、生活と結びついた男女別教育
江戸時代になると、庶民の子どもを対象とした教育が寺子屋などを通じて広く普及していきますが、中国の儒教の礼儀作法をまとめた『礼記(らいき)』の「男女七歳にして席を同じうせず」という言葉が一つの重要な指針でした。そもそも、武士の子息が通う藩校は、基本的に「男子専用」の学校であり、女性が入ることは制度的に不可能な完全別学でしたので、指針そのものは関係ありません。ただ、武家社会では儒教の「男女七歳……」の教えが重要な道徳であったことは確かです。
農民や町人の子どもたちが通ったのが寺子屋です。国が号令をかけた訳でもないのに、江戸時代中期の18世紀頃から全国に普及し始めます。幕末には、全国で約1万5,000〜1万6,000校(『日本教育史資料』)が確認されていますが、小さな私塾まで含めると数万校にのぼったと言われています。現代の日本全国の小学校数が約1万9,000校です。数的には、現在とほぼ同数だったということです。
その寺子屋では、男女が同じ寺子屋に通う場合でも、席を分けたり、場合によっては仕切りを設けたりするなど、男女を区別した教育が行われることがありました。将来の社会的な役割(男子は家業を継ぎ、女子は家庭を守る・婚家に仕える)を見据えた、実用的(実学主義)な教育が行われていたのです。
| 男子のカリキュラム | 女子のカリキュラム | |
| 教育の目的 | 商売、農業、職人の仕事に必要な「読み・書き・そろばん」のマスター | 裁縫(着物の仕立てなど)や家事のスキル、嫁ぎ先で恥をかかない教養 |
| 重視された技能 | 習字、そろばん | 裁縫、書道、生け花 |
| 主な教科書 | 『商売往来』『百姓往来』『国尽(くにづくし)』(全国の地理) | 『女大学(おんなだいがく)』『女手紙(おんなてがみ)』『女今川(おんないまがわ)』(女子の教訓) |
当時の寺子屋の教科書(往来物)は、7000種類以上もあったと言われています。その中から、子供たちの状況に合ったものが教科書として使われていたようです。つまり、全国の子どもに一冊の教科書、一つのカリキュラムを当てはめるのではなく、地域、家業、性別、年齢、習熟度などに応じて教材を選ぶ、極めて分権的な教育システムだったとも言えます。
男女共に実学主義のカリキュラムとなっていて、男子はその子の将来を見越して教科書が選ばれました。例えば、商人の子どもなら『商売往来』という教科書を使い、農民の子どもなら『百姓往来』で、作物の育て方や年貢の仕組みを学んだのです。一方、女子のカリキュラムで最も重視されたのは「針仕事(裁縫)」でした。当時は衣服をすべて家庭で手作りし、修繕していたため、裁縫ができることは女性が生きていく上で、最も重要な「技能」だったのです。

(」)
『学制』が壊した寺子屋の教育――国家主導の一律教育へ
明治5年(1872年)に「学制(がくせい)」が発布されました。「邑(むら)に不学の戸なく、家に不学の人なからしめん」(「学事奨励に関する被仰出書」)という高い理想を掲げ、全国を均等に区切って小学校を配置しようとしたのです。ただ、財政的余裕が乏しかったため、各地では寺子屋や寺院、民家などの既存施設を利用して小学校が開設されました。寺子屋の師匠(知識人や僧侶など)は、そのまま新制小学校の「教員」として採用されました。しかし、それまで自由に教えていた師匠たちは、国家が定めた厳格なマニュアル(西洋式のカリキュラム)に戸惑ったと思われます。
それまで「生きるための実学」として寺子屋を愛していた庶民にとって、明治の公教育(小学校)は「重荷」以外の何者でもなかったのです。①「授業料」の徴収と「建設費」の自己負担。②貴重な「労働力(子ども)」の喪失。③役に立たない「西洋風カリキュラム」。④突然の「男女完全一律化」。ということで、このような不満が各地での一揆として勃発します。公教育とは名ばかりで、授業料と学校建設費は地元負担とされました。しかも、農繁期や家業が忙しい時には子供は貴重な労働力でしたが、小学校では欠席、遅刻が厳しく管理されました。そして、そろばんや往来物で明日からでも使える知識や技術を今までは学べたのに、幾何学や物理など「浮世離れした学問」を習うようになったのです。
明治初期の政策には、西洋の制度をモデルとして理想的な制度を先に設計し、それを法規によって全国一律に実現しようとする傾向が見られます。学制は、その典型の一つだったと言えるでしょう。「地租改正反対一揆」と並んで「学制反対一揆」が全国的に湧き起こることになりました。新しくできた小学校の校舎そのものが一揆のターゲットになり、打ち壊されたり焼き払われたりした小学校の数は、全国で2,000校以上に達したという驚くべき記録が残っています。庶民にとって、新しい小学校は「自分たちの生活を壊し、お金をむしり取り、子どもを労働から奪う、国家の搾取の象徴」に見えたのです。

(「ameblo.jp」)
男女別学を『伝統』から『教育学』の問題へ
国民の側からの反発を目の当たりにして、明治政府は、わずか数年で方針を180度転換します。1879年・1880年の教育令によって、小学校を除いての「男女別学」が打ち出されます。カリキュラムも男子と女子で別々のものが用意されます。女子には「裁縫(針仕事)」や家庭経営の科目が必須とされ、男子とは明確に異なる「女子向けの教育」へと戻されていきました。
この流れが決定的になったのが、明治中期(1899年)に制定された「高等女学校令」です。これにより、日本の近代教育は戦後に至るまで「中等教育以降は完全な別学(男子校・女子校)」というシステムが完全に固定化されました。現在まで続く男子校・女子校という中等教育の系譜は、この時期に制度的な形を整えていきました。当時の男子校(旧制中学校)は、国家を背負うエリート(軍人、官僚、学者など)を育てるための高度な学問を習得する。また、女子校は国家を家庭から支える「良妻賢母」を育成するための家事・教養教育と、位置付けされました。
敗戦を境に「男女平等」の考え方が憲法、教育基本法に規定され、さらには1990年代以降に「ジェンダー平等」のイデオロギーが社会に広まる中で男女別学に対する反発が静かに広まっているのが今の状況です。しかし、男女では「空間認識」「抽象概念の捉え方」に発達のタイムラグやプロセスの違いがあることが心理学や脳科学の研究から分かってきました。男女の発達や認知特性には、集団として見た場合に一定の平均的な差が報告されています。しかし、それ以上に大きな個人差が存在することも忘れてはなりません。したがって、「男子にはこの教え方、女子にはこの教え方」と一律に決めることも、逆に「男女には何の違いもない」として完全に同一の教育方法を当てはめることも、どちらも慎重であるべきでしょう。
また、言語機能(読む・書く、微細な手先の運動)の発達は、平均して女子のほうが男子よりも1〜2年早いことが発達心理学で分かっています。小学校低学年などで「男の子の字が乱暴だったり、文章を読むのが遅かったりする」のは、サボっているのではなく、単に生物学的な発達のスピードが女子よりゆっくりだからです。そのため、女子に合わせて字を書かせたりすると、形が上手く取れない男子が増えることになります。家庭科、体育で別学という話題がでるのですが、実際には、「数学」「物理」「国語」といった、認知プロセスの差が大きく出る主要科目において別学を論議する時代です。特に、AI時代を闘い抜く人材を育成するために、精緻な教育プログラムが求められます。女子校、男子校の存続意義はそこにあると思います。

(「Instagram」)
AI時代に求められる教育とは
教育に必要なのは、すべての子どもに同じものを同じ方法で教えることではありません。一人ひとりの発達段階や特性を見ながら、その子に合った方法で能力を引き出すことです。江戸時代の寺子屋では、数多くの往来物の中から、地域や家業、子どもの将来に応じて教材が選ばれていました。それが明治以降、全国一律の学校制度へと変わっていきます。
そして150年余りを経た今、AIの登場によって、再び一人ひとりに合わせた教育が技術的に可能な時代を迎えようとしています。男女別学か共学かという問題も、「平等か差別か」という二者択一で考える時代ではありません。男子校、女子校、共学校、それぞれがどのような教育環境をつくり、子どもの能力をどう引き出すのか。その教育的な成果によって評価されるべきです。
AI時代に必要なのは、教育の画一化ではなく、むしろ教育の精緻化です。男女別学の存在意義も、その新しい教育の中で改めて問い直す必要があるのではないでしょうか。単に、伝統だから守るとか、偏差値教育を掲げて進学率を誇るのではなく、教育学的な裏付けに基づいて、男女別学だからこそ可能になる教育とは何かを具体的に示すことが、男子校、女子校の関係者に求められているのです。

(「note」)
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