
「金利が上がっていますが、住宅ローンの返済額は増えるのでしょうか?」

「これから借りる場合は、上がった金利が適用されると思います」

「いえ、もうすでに借りている身です」

「返済を気にしているのですね」

「変動金利を選択したものですから……」

「それは心配でしょうね。ただ、すぐに返済額が上がる場合と、そうでない場合があります。すべて銀行との契約ルールに基づいて処理されます」

「契約ルールの説明を受けたとは思いますが、すべて忘れました」

「そうでしょうね(笑)。当該の銀行に問い合わせれば分かりますが、ネット銀行以外は、金利が上がったからと言って、すぐに返済額に反映されない仕組みをとっていると思います」

「返済額が急に増える訳ではないのですね」

「借主保護のために、「5%ルール」という金利が上がっても、5年間は毎月の返済額を据え置くルールもありますし、返済額を見直す場合でも元の返済額の1.25倍までしか引き上げてはいけないという「125%ルール」があります」

「そんなに心配しなくても良いということが分かりました。ここからが本論です ↓表紙は「週刊エコノミスト Online-毎日新聞」提供です」
「金利のない時代」から、「金利のある時代」へ
「失われた30年」と言いますが、庶民にとってはそんなに“悪い時代”ではなかったと思います。少なくとも物価と金利という生活実感から見れば、庶民にとって必ずしも“悪いことばかりの時代”ではなかったように思います。賃金は総じて上がらなかったかもしれませんが、物価は安定していました。平穏な時代が、この間続いたという印象です。
金利がある時代というのは、ある意味、“経済の戦国時代”に突入したことを意味します。かつての時代を懐かしんでいても仕方がありません。頭の思考回路を“波が穏やかな時代から流れが急になってきた時代”に切り換える必要があります。実際にこの間の経済現象を見ると、急に速くなったり遅くなったりと、短期のスパンで変化が現われています。外国為替相場や日米の株式相場の値動きが、かつての時代と比べて激しくなっているのは、そのためです。
我々庶民のレベルでの影響は、物価と住宅ローンでしょうか。「2人の会話」にあるように変動金利でローンを組んでいた人は返済額が変わります。現在の住宅ローン市場において、30年住宅ローンの最新の変動金利(最優遇)はおよそ「年1.0% 〜1.3%前後」(大手5行平均で約1.05%)まで上昇しています。かつての超低金利時代(年0.3%〜0.4%台)に比べると、約0.7%〜0.8%ほど金利水準が切り上がっています。仮に、5000万円、30年ローンを元利均等返済・ボーナス払いなしで比較すると次のようになります。
| 超低金利時代(年0.4%と仮定) | 利上げ反映後(年1.1%と仮定) |
| 月々の返済額:14万7,412円
30年間の総返済額:約5,306万円 |
月々の返済額:16万3,127円
30年間の総返済額:約5,872万円 |
日銀は今後も経済・物価情勢を見ながら、追加利上げの可能性を探ることになります。今後、もし変動金利がさらに「0.5%」上昇して年1.6%に達した場合、5,000万円(30年)の月々の返済額は約17.4万円まで膨らみ、当初より毎月3万円近く負担が増えることになります。そのようなことが起きる可能性があることを念頭に置いて、家計を管理する必要があるのです。

(「株式会社 セキュアハウス」)
家計簿の発想では経済は動かせない
経済の三主体というのは、家計・企業・政府ですが、家計簿を管理するような発想で企業や政府が経済活動を考えるのは基本的に間違っています。特に、“経済の戦国時代”に突入しました。企業も政府も信用経済の時代であることを充分に念頭に置いて行動する必要があります。つまり、家計簿を預かる身であればローンは少なければ少ない程良いのですが、企業・政府はそれとは全く別の発想をする必要があるのです。話が抽象的になっていますが、要するに企業は将来の収益性を十分に検討した上で、必要であれば借入れを活用して積極的に事業を拡張するという判断も必要になります。企業にとって重要なのは借金の有無ではなく、借入金によって生み出される収益が調達コストを上回るかどうかなのです。
政府や金融機関も動き出す必要があります。守りの姿勢から転じて、機動的な経済政策を取る必要があるのです。つまり政府は庶民の生活を守る一方で、政府の信用力をバックに経済成長をアシストできる経済政策を採用する必要があります。その点から考えて、高市政権が限定的ながら食料品の消費税減税1%を決断し、規律ある積極財政を掲げて、2040年度までに累計370兆円を超える官民投資を目指す「日本成長戦略」を打ち出しました。これは大いに評価できることだと思っています。ところが、新聞、マスコミの多くは「財源」を理由に反対する論調がかなりあります。新聞・マスコミでは、財源や財政規律を問題視する論調がかなり目立ちます。時代の流れを読んでいないし、経済政策の何たるかを理解していないのではないかと言わざるを得ません。
そういった中で今日(8/29日)の『産経新聞』に編集委員の田村秀男氏が「実は財政優等生の日本に好機」という表題の評論文を掲載しています。彼が指摘しているのは、国債の政府利払い負担が過去最大の16兆5888億円になることを専らマスコミは報道しているが、日本政府の持っている金融資産の運用益による収入を勘案していないと言います。そして、実際に利払い負担の16兆5888億円からプラスの収入を差し引いた金額(純利払い費)をOECDやIMFは重視していると指摘しますが、当然だと思います。そして、純利払い費のGDP比率をG7各国と比較をしてみたところ、2026年の見通しはわずか0.3%で、財政優等生のドイツを下回り断トツに低いことが分かったと言います。そして、田村氏は「高市政権は日米協調の下、機動的な財政出動を粛々と展開すればよい」と応援メッセージを送っているのです。

(「読売新聞」)
国債は「借金」なのか、それとも「金融資産」なのか
国債をどのように捉えるのか。財政政策で大きく見方が変わるのは、元を辿ると、国債の捉え方・考え方の違いから来ています。「財源」の大合唱をする方々は、“国債を単に国の借金と捉えている”のではないかと思われます。国債は政府にとっては債務ですが、金融機関や投資家にとっては利子を生む金融資産です。この二つの側面を同時に見なければ、国債の経済的な役割は理解できません。そして、実際に国債を売買する市場が成立をしています。ということは、“日本経済を支える有価証券”という捉え方をする必要があるのではないかと思っています。
信用金庫に関する最近のニュースを題材に考えてみたいと思います。『日経』(8/27日)の朝刊1面トップに「17信用金庫、金利上昇で赤字」「債券含み損が重荷」という、見出しで記事が掲載されました。長期にわたる超低金利時代、信用金庫は地元企業の資金需要低迷により、集めた預金を国債などの「債券運用」に回さざるを得ませんでした。しかし、「金利が上がると債券の価格は下がる」という金融の原則から、日銀の利上げ局面において保有していた低金利の国債の価値が実質的に下落します。これからは金利のある時代に入ってきます。金利上昇に伴って保有債券に含み損が発生する中、一部の信用金庫では債券を売却して損失を確定させ、より高い利回りの資産へ運用を切り替える動きが出ました。100億円で購入した国債を90億円で売却すれば、10億円の赤字となります。全国で信用金庫は254ありますので、国債をそのまま売らずに保持した信用金庫が殆どだそうですが、満期まで保有すれば額面100億円が償還され、それまでの間は所定の利子を受け取ることができます。損切りをした信用金庫は90億円を高金利で運用して、最終的に損切をリカバーしようという考えなのです。
金融機関が保有する国債は、あらかじめ「満期保有目的の債券」というグループに分類して購入することができます。このグループに入っている国債は、市場価格がどれだけ暴落して含み損が出ても、決算書(損益計算書)の赤字としてはカウントしなくてよいというルールになっていますので、満期保有目的債券は原則として時価評価による損失をそのまま損益計算書に反映する必要はありません。しかし、含み損が存在しなくなるわけではなく、資金繰りや金利リスク管理という経営上の問題は残ります。
国債市場には、財務省から認定された「国債市場特別参加者(プライマリー・ディーラー)」と呼ばれる大手証券会社やメガバンクが約20社存在します。彼らは国債の発行入札に一定額以上応札・落札する責任を負うほか、流通市場に十分な流動性を提供する役割を担っています。信用金庫が低金利の国債を売る際、買った当時の「高い価格」では誰も買ってくれません。市場で売るということは、「今の高い金利水準に見合うまで、ガクンと値下がりした安い価格」で決済されることを意味します。買う側からすれば、元本に対して得られる利息の割合(利回り)が現在の市場金利と同じ水準まで調整されているため、「古い低金利の国債であっても、損をしない適正な価格」として成立し、取引が行われているのです。額面10万円の国債であれば、金利の上昇幅や満期までの期間(残存期間)に応じて、約8万7,000円〜6万5,000円程度まで値下がりして取引されることがあるそうです。債券市場では、額面100円あたりの価格に換算して取引されるため、驚くような安値がつくこともあるのです。それはともかく、そのように国債を取引する市場が機能しています。もちろん国債は紙幣そのものではありません。しかし、高い信用力と流動性を持ち、金融取引の担保や資産運用の基盤として使われるという意味では、「第二の紙幣」とでも呼びたくなるほど、日本の金融システムを支える重要な存在になっています。
長い超低金利時代の中で、日本人はいつの間にか「金利のない世界」に慣れてしまいました。しかし、金利が戻ってきた以上、私たちの経済に対する考え方も変えなければなりません。家計は金利上昇から生活を守る必要があります。一方、企業まで家計と同じように借金を恐れていては、新しい事業も産業も生まれません。政府には民間の挑戦を後押しし、将来の成長につながる分野へ資金を呼び込む役割があります。そして金融機関は預金を国債に替えて金庫に入れておくのではなく、地域企業や成長分野へ資金を循環させる本来の役割が求められています。
金利のある時代とは、単に住宅ローンの返済額や国債の利払い費が増える時代ではありません。お金を「貯めて守る」ことだけではなく、信用を使って「動かし、育てる」能力が問われる時代なのだと思います。「失われた30年」の常識から頭を切り換えられるかどうか。日本経済は今、その分岐点に立っているのではないでしょうか。

(「時事通信」)
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