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日本は「選ばれる国」であり続けられるか ―― 移民政策を日本人の形成史から考える / 「受け入れる国」から「選ばれる国」へ

女性

「私の住んでいるマンション、ちょうど今、大規模修繕をしているのですが、外国人の方が多いですね」

「技能実習生として日本に来ている人が多いと思います」

女性

「技能を習得すれば、母国に帰るということですか?」

「そういう前提で受け入れていると思います」

女性

「仮に実習生として日本に来て、そのまま正規の社員として契約して働いたとしても、日本国籍を取得できないのですか」

「その場合は大丈夫です。日本の国籍法によると、「引き続き5年以上日本に住所があること」、さらにその5年のうち「就労系の在留資格で3年以上働いていること」という審査基準があります」

女性

「その場合でも、実習期間はカウントされないのですね」

「日本は労働は認めるが、移民は認めないという方針の下で行政は対応していますので、その辺りは厳格だと思います」

女性

「これから年間100万人の日本人が亡くなる「多死社会」が到来します。少子化が進行することは確実だと思いますので、受け入れ条件を緩和したらどうかと思っています」

「もともと日本は移民が作った国ですからね。大相撲は外国人力士なしでは成り立たなくなっています。あのイメージで日本の国づくりをしたらどうかなと思います」

女性

「ここからが本論です ↓表紙は「ザ・ワールドアパートメントCo&Co」提供です」

 「受け入れる日本」から「選ばれる日本」へ

2025年6月に「外国人との秩序ある共生社会実現」に関して自民党の特命委員会が発足しました。その提言を受けて、石破政権は「外国人との秩序ある共生社会推進室」を設置、その後、高市政権にも引き継がれました。現在の政策を見ると、外国人材の受け入れを継続する一方、出入国・在留管理や制度利用の適正化など、「秩序ある共生」をより強く打ち出しているように見えます。

政府は2026年に特定技能と育成就労の受け入れ人数上限を約123万人(5年間)と閣議決定しています。その意味は、「2028年度末までの在留総数が123万人を超えないようにコントロールする」という意味です。123万人というのは、特定技能1号80万5,700人+育成就労42万6,200人=123万1,900人という意味です。上限は介護、建設、農業、製造業など、対象となる産業分野ごとに細かく枠が割り振られています。もしすべての分野で上限に達しそうになった場合は、法律上、「受け入れの一時停止(ストップ)」の措置が取られることになっています。

政府は産業界の要望を受けて「123万人」という巨大な器(枠)を用意しましたが、現実に、その枠が本当に一杯になるまで外国人が来てくれるか(選んでくれるか)は分かりません。円安の進行やアジア各国の賃金上昇により、日本がせっかく「年間25万人規模の枠」を開放して待っていても、実際にはその枠が埋まらない(目標に届かない)分野が出てくるのではないか、と産業界や専門家の間からは心配の声が囁かれています。

(「産経ニュース」)

 高度人材を「日本人」として迎える仕組みを

それとは別に、国として早急に整備をしなければいけないことは、「日本語能力が高く、専門知見を持ち、高い技術力を持った真面目な人」を、国を開いて積極的に国籍を付与し、完全に「日本人」として迎え入れる仕組みづくりです。日本には、永住許可と帰化という二つの制度があります。永住許可は原則10年以上の在留を求める一方、帰化については国籍法上、一般に引き続き5年以上日本に住所を有することが条件とされています(ただし高度人材などには短縮措置あり)。問題は、この二つを含めた制度全体が、世界的な人材獲得競争の時代に対応したものになっているのかということです。

自分の国の今の状況が分かっていません。アジア各国の経済成長や賃金上昇が進む中、「日本が外国人を選別する時代」は終わりを迎えつつあります。すでに「外国人から日本が選ばれるかどうか」の時代に入ってきており、今が「潮目」にあたります。実習生に対しても、実習生時代の期間もカウントして早く国籍や定住権を与え、真面目で日本文化を理解している人を歓迎しつつ、高度人材を家族も含めて積極的に受け入れていく姿勢が求められています。

少子化がイヤでも進行し、いずれ日本列島の維持そのものが危うくなるという未来図を前にすれば、こうした役所の形式主義や、外国人受け入れに対する国民の心理的な抵抗感にこだわっている時間は本来ありません。「選ばれているうちが花」という言葉があります。欧米など多くの国では、優秀な人材に対して「元の国籍を維持したまま、自国の国籍も与える(二重国籍の容認)」ことで招聘を有利に進めています。このままでは、国際競争に勝つことはできないでしょう。「真面目に働いて納税し、日本のルールを守ってコミュニティに入ろうとする人」を国籍やビザの優遇という形で国を挙げて「歓迎」する仕組みを作らなければ、本当に誰も来てくれない国になると思います。

(「ガイダブルジョブス」)

 「日本人」は渡来と融合の中でつくられた

「日本人」はどのように形成されたのか。2021年に、金沢大学や理化学研究所などの研究チームによって、日本列島の古人骨のDNAを分析した研究成果が発表されました。縄文人、弥生人、古墳時代人のバイオゲノミクス解析により、現代における日本人集団のゲノムが「縄文人」、「弥生時代に渡来した北東アジア集団」、「古墳時代に渡来した東アジア集団」の三つの祖先集団で構成されることを世界で初めて発表しました。そしてその「三重構造モデル」は同年9月の国際学術誌『Science Advances』のオンライン版に掲載されたとのことです。これが日本人起源論の現在の到達点です。

これを歴史軸の中に入れて説明すると、氷河時代に3方面から「日本列島」に移動してきた集団があり、やがて氷河時代の終わりと共に列島が大陸と切り離され、その中で融合が進み、縄文人が形成されます。その後、大陸から稲作と金属器を持って渡ってきた弥生人たちとの融合が進み、さらにその後、古墳時代からの古代国家形成期(3世紀後半〜7世紀頃)に大陸・朝鮮半島から100年以上にわたって百万人といったような継続的でなおかつ相当規模の人口移動があったことが、考古学・文献史学・ゲノム研究の双方からうかがえます。このことによって、日本は移民がもたらした技術によって発展した国だということが分かります。

特に、古墳時代から大和の時代にかけては、日本は技術者や高い官位の者を積極的に受け入れていたと思われる痕跡がいくつかあります。築城技術、建築技術、機織りの技術、さらには仏教が日本に伝わったことが分かっていますが、これらは渡来してきた人たちが日本に持ち込んだものです。機織りの技術を伝えたものに対しては「秦氏」という姓と領地まで与えています。日本に行けば、厚遇されるという噂が噂を呼んで、列島に押し寄せたと思われます。その期間が長期にわたったのは、半島の動乱もありますが、受け入れ側が門戸を積極的に開いていたためだと思われます。

朝鮮半島の政治的動乱などを背景として、祖国を離れざるを得なかった人々も少なくなかったでしょう。彼らがどのような思いで海を渡ったのかを、今日の私たちは知る由もありませんが、中には悲しい事情もあったと思います。もちろん、定期的な航路が整備されていた時代ではありません。海を渡ること自体が、危険を伴う艱難辛苦の旅であったことは想像に難くありません。そういった人たちを当時の日本人たちは迎え入れたのです。それに応えなければいけないと思った人もいたはずです。史料として残っていないので、当時のドラマを紹介できませんが、列島社会は彼らの持つ知識や技術を取り込み、その力を国家形成に生かしていったことは確かです。

日本人とは、閉ざされた列島の中で純粋培養されて生まれた民族ではありません。海を越えてやって来た人々を受け入れ、時には衝突しながらも、その知識や技術、文化を取り込み、長い時間をかけて一つの社会を形成してきました。人口減少という大きな転換点に立つ今、問われているのは、単に「外国人を何人受け入れるか」という数の問題ではありません。どのような人を社会の一員として迎え、その人たちとどのような日本をつくっていくのか。そのための制度と覚悟、さらには「日本の国家像」そのものが問われている事案です。

外国人を「労働力」としてだけ見るのではなく、未来の日本社会をともにつくる人として考える。それが「共生」の意味だと思います。古代日本の歴史は、現代の私たちに、その原点を静かに語りかけているように思います。

(「全国こども考古学教室」)

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